Case:3-3

 ミス研での時間の過ごし方は、正直俺は読書しか思い至らない。基本的に部長が好き放題破綻はたんした推理を披露し、それをスメラギが論破する。あるいは媚びを売る小野江先輩の過剰なスキンシップをスメラギが口八丁手八丁であしらう。もしくは部長の歪みすぎてロックのかかった推理小説作家の批判を聞き流す。

 ――どのみち俺には無縁としか言いようがないのだ。ここでも彼らが求めているのは俺ではなくてスメラギなのだから。


「今日は部長の推理ルートですか」


 手持ち無沙汰なのか、窓を開けてマニキュアを塗っている小野江先輩に問いかける。アヒル口にはピンクのグロス。潤いすぎて逆に気持ち悪い、作り物みたいな口だ。そして髪は相変わらず赤みがかった茶色でパサパサしている。せめて唇の潤いの半分でも髪に与えれば釣り合いがとれるのに。


「そう。住良木くん、この間蛇霧の事件を解決したでしょ? あれで部長が燃えちゃって」


 蛇霧の事件については、地元紙で少し取り上げられた。「密室の王子、大学生でも健在」などというセンスのない見出しが踊っていた気がする。それで自称探偵志望は「どうやら本物らしい」と、大学でのスメラギへの見方は少し変わった。

 食堂でも視線がなかったわけではないし、構内を歩けばすれ違う女子大生がスメラギの方を見ている。なかには声をかけ、人気者とお近づきになろうとする猛者も現れてはいるが……まあ彼の女性関係はアレなのでまたすぐにポイ捨てされるだろう。それを小野江先輩は知っていて媚びるのだろうか。


「部長が推理を披露するんですか?」

「それがね、逆」


 思わず聞き返す。


「逆?」

「そ。神片かみひらくんがつくる謎を、住良木くんに解かせるんだって」


 正気か。

 俺の第一印象はそれだった。部長について詳しく知らないが(知ろうと思わないので)、わかることはいくつかある。


 ひとつ、古典が大好きで現代の推理小説は片っ端から否定すること。

 ひとつ、思考にロックがかかっており、その「華麗」な推理ショーには穴が多いこと。

 ひとつ、基本的に推理小説ミステリは読み専で、けっして推理が得意ではないこと――


 スメラギに何の対抗心を燃やしているのか知らないが、見ていてすごく不快だ。身の程知らずが同じ壇上に立っていると思いこんで、滑稽な喜劇でもやるみたいで見ていたくない。俺は読もうとしていた小説を開くのをやめた。


「住良木くんは確か、密室事件が得意なんだったね?」

「得意と言いますか、好きこのんではいます」

「そうか、ならば俺も極上の密室難題を提供しようじゃないか」


 明らかに鼻にかけたような物言いは、虎の威を借る狐という言葉が似合う。部長自体に大したスキルはないにも関わらず尊大で得意げな態度をとれるのは、考えようによっては才能かもしれない。スメラギはいつもの調子で、素直に他人を煽っていくスタイルだろうから、果たして平和的解決が望めるのかやや心配だ。

 小野江先輩は傍観を決め込んだらしく、マニキュアが乾くのを待つだけだ。


「さて、ここに密室がある」


 開口一番そう部長が切り出したときは、吹き出すのを堪えるのに必死だった。


「ここ? ――ああ、密室殺人でも起こったというシチュエーションですか?」

「殺人でも何でもいい、とりあえず犯人がとある部屋に忍び込んだ」


 とりあえずとか何でもいいとか、場面が適当すぎないか?


「窃盗でしょうか。空き巣……ですかね」

「まあそんなところだ。ところが、その最中に家主が戻ってきてしまう!」


 俺としては、そんな間抜けな泥棒はさっさと一一○番通報されてお縄についてほしい。だが部長がしたい話ではないだろう。間違いなくつまらない雑談の花が咲かずして枯れる。


「このままでは鉢合わせだ! ……しかし、家主がその部屋に入ると、なんと中には誰も人がいなかったのだよ」

「なるほど。隠れたか逃げたわけですね」

「そう! 犯人はどこへ消えたのか? 住良木くんにはそれを明らかにしてほしいんだよ」


 この、明らかに情報不足な上に設定曖昧な謎をか? 俺は嘲笑したくなる。

 部屋の間取り、状況、物的証拠。何一つ明らかでない中に、「犯人が消えた」というひどく抽象的な事実だけがふんぞり返っている。これで何をしろって言うんだ。呆れてものも言えない。

 だが、スメラギの目は真剣そのものだ。遊びにも真剣に、ってやつだろうか。


「質問をいいですか?」


 熟考の末、スメラギが部長に問いを投げる。部長は「いいとも。なんでも聞いてくれたまえ」と愚問を出したにも関わらず誇らしげだ。


「これは、僕が部長にいくつか質問をして、そこから答えを導き出す――そういったやり方でいいのでしょうか」

「質問? ああ、構わないとも。情報が必要だろうからね、そこは俺も理解している」


 シャーロックだって観察眼だけでなく、意義のある質問をいくつも投げていたものさ。

 さも己のことのように、部長は懐かしむ様子で語る。わかりました、とスメラギは承知した。本気で「空想」に取り組むらしい。

 おまえは正気か、と突っ込もうと思ったが、やめた。スメラギがどうやってこの勘違い部長を論破するのか気になったし、無視するには惜しいことだと思ったためだ。

 紙とペンを短い脚の折り畳み式テーブルの上に広げ、スメラギは情報収集を開始する。


「では、場面は空き巣ということで始めましょう。その家にはどうやって侵入したのでしょうか?」


 A4用紙いっぱいに大きな四角を描くスメラギ。家の間取りから把握したいらしい。部長はそこまで考えていなかったのか、少し考えるように首をひねる。数拍ののち回答があった。


「一般的な一戸建てさ。ただし平屋のね。どちらかと言えば日本家屋寄りかな。当然二階はなく、庭はよく手入れされている。お昼時によく日のあたる縁側があって、戸締まりのしっかりされた窓がある。犯人は窓の一部を壊し、鍵を開けて侵入したんだ」

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