Case:3-2
まるで
とはさすがに言えず、心にもない賛辞を並べ立て、支倉さんのことも持ち上げておいた。警察に媚びを売りたいわけではないが、社会人に感情でぶつかるような真似はできないと思っただけだ。
『君はとても利口な子だね』
スメラギについて一通り話した後、支倉さんはそんなことを言った。利口? その言葉があまりに
「利口、ですか?」
『そうだよ』
「あの、……誰が」
『接木くん、君は面白いね』
正直に質問したら、何故か快活に笑われた。利口という評価、最後に聞いたのは中学生のときだ。だから意外というか久しぶりすぎて、そして今の外見を知る人間なら俺に絶対に向けない言葉過ぎて――俺は返答に窮する。褒められたときは、どう言えば良かったのだったか。
『住良木くんが選んだんだ、きっと良いお友達なんだろう』
「いやあの、そんなことは」
初対面の人間は間違いなく否定すると思う。電話での対話というのがこんな勘違い――いや、偏見をぶっ壊してくれるとは。「住良木くんによろしく」とお決まりだろう挨拶を残され、通話はそこで終わった。
何故だろう、電源が切れた人形のように疲労感がどっと押し寄せる。お偉いさんと話していた緊張感のせいだろうか。
「はあ……」
「お疲れかい、タスク?」
どこか愉快そうに目を細めたスメラギが問いかける。手には開封済みの缶コーヒー。ブラックではなく微糖だ。
「よくわからんが疲れた。よろしく言ってたぞ」
「そう。ありがとう」
力ない右手でスマートフォンを突っ返す。スメラギは缶コーヒーをテーブルに置いてそれを受け取った。通話時間が液晶画面に映る。十五分二十二秒――こいつ含めてだが、そんなに話してたのか。
「なあ、支倉さんってなんて役職だっけ」
「県警の刑事部長だよ」
「刑事部長?」
聞いてもピンと来ない。どれくらい偉いんだ、その人。疑問が顔に出ていたのか、スメラギがスマートフォンの画面を真っ黒にしてから答える。
「県警の一番上の会議に出席してる人。それくらいの認識でいいよ」
「超偉いじゃねえか」
「それはタスクも知ってただろう?」
確かにまあ、そうなんだが。役職を聞けばもっと現実味が増すというか、支倉さんとの接し方を考えられるかと思ったから聞いた。のだが、結局「とても偉い人」という漠然としたイメージにさしたる変化はない。いいのかこれで。雲を掴むような人だ。
「ところで、僕について心にもないことをありがとう」
「あ?」
と聞き返して、鈍い頭でやっと思い出した。社交辞令のくだりか。まさか当人を目の前にして、そいつを買っている偉い人相手に、「こいつムカつくんですよ」なんて言える訳ないだろう。それくらい弁えている。
「別に。おまえを過大評価してる人のイメージを崩す必要はねえだろ」
「不機嫌そうだね、何か言われた?」
「何もねえよ」
この話はもう終わりだ。俺は余っていたカレーライスの残り半分にがっついた。
***
俺は今サークル棟にいる。
一般の四年制大学らしく、サークル活動も活発なこの大学は、星の数ほどあるサークル専用の建物がある。それがサークル棟だ。まあ吹奏楽団やコンピューターサークルといった例外はあるが、大体のサークルの部室はこの棟に集約されている。
全部で三階建てのサークル棟、二階の一番奥。ホテルのフロアみたいにおびただしい量の扉が規則的に並ぶ。その光景は無個性だったり不気味に見えもするだろう。各部室の扉はしかし、新入生勧誘の意図もあってかそれぞれド派手な装飾がなされている。手芸サークルなら手作り感あふれる表札とドアにカーテン風の装飾とか。
で、俺の向かうその部屋は生憎と陰気な印象をぬぐい去れない――簡素に「ミステリー研究会」と明朝体で印字された張り紙が貼ってあるだけ。
「ねえ、住良木くんは部長の推理、どう思う?」
「俺としてはこれ以上ない、完璧なトリックだと自負しているよ」
ミステリー研究会。
新入生歓迎会を最後にお別れするつもりだったはずの俺が、五月末の今もここにいる。顔を出す頻度はそんなに高くないが、部員であることに変わりはない。そう、俺はミス研をやめられずにいた。
何故か? 無論、スメラギのせいだ。
「常に密室や事件に出会えるわけではないからね。推理のトレーニングも兼ねて、ミス研には顔を出そうと思っているんだ」
ならおまえだけ入ればいいだろうという話だ。ところが「僕の助手として、君自身も推理に磨きをかけるには悪い話じゃないだろう?」とか神経を逆撫でする発言で俺をこうさせた。推理を引き合いに出されては、変に意固地になっている俺もおいそれと退くことができない。そんな自分を後ろめたく思うこともあるのに、こいつは知ってか知らずか、俺をここに引き留める。
「ああ、接木くんおつかれ」
「こんちはっす」
あまり頭を下げずに会釈する。俺の外見に当初はビビっていた部長も最近はすっかり慣れたらしく(というか俺が上に楯突く後輩ではないとわかり先輩面をしたいだけなのか)、独自の世界観を押しつけて得意げになっている。
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