Case:3 Make us surprised!
Case:3-1
「ええ。……そうなんですね? なるほど。いえいえ、僕も楽しむことができました。なんて言うとまた
話が見えるような、しかし中身のないような、俺にとって至極どうでもいい相槌が続く。木曜日の午後二時、閑散とした食堂で俺は遅すぎる昼食をとっていた。
スメラギと共通の空きコマを見つけたのは、蛇霧での一件のあとだ。「君と語らう時間を増やしたい」とか適当な理由をつけて、俺のスケジュールを事細かに聞いてきた。
五月の終わり。すっかり桜の木は緑色に姿を変え、毎年恒例だという健康診断が一段落した頃合いだった。木曜日の午後、スメラギの所属する法学部(だと言うのに、趣味で文学部の講義をとるのだと豪語していた)はフリーだと言う。理学部は本来四コマまでみっちりなのだが、一番さぼっても問題なさそうなのが三コマだった。最悪落としてもなんとかなる。
だから木曜の三コマは「空き」なのだ。
食堂で頼むのはカレーライス。良心的な価格が大学生の財布に優しい。対するスメラギはコンビニで買った缶コーヒーとサンドウィッチだけ。ここは喫茶店じゃないし、そのメニューなら食堂の意味ねーじゃねえか、と突っ込んだが適当にはぐらかされた。
「まあ、確かにそれもあります。ええ……それはすみません。僕としても配慮が足りませんでした。自分の立場について自覚してはいたのですが」
俺との交流とは名ばかりで、スメラギは席に着くなりずっとスマートフォンで電話をしている。通話終了ボタンを押していないから、ずっと同じ相手だろう。俺がカレーライスを注文して半分くらい食べ終わった今も、まだ談笑が終わる気配はない。
「え? はい、向かいにいますよ」
視線がこちらに向く。急に俺の話題になった。何を話しているんだ。カレーライスを食べるスプーンが止まる。
「ええ、ええ。……わかりました。代わりますね」
スメラギがようやくスマートフォンから耳を離した。と思ったのも刹那、シンプルな白のそれが俺に差し出される。
「何だこれは」
「電話。タスク、君と話したいって」
「誰が」
「支倉さん」
「は――」
支倉さんだって!?
もしここが繁忙期の食堂だったなら、大盛況の雑音に紛れて俺の叫びなどかき消されてしまっただろう。しかし今はお昼のピークをとうに過ぎた、いわば暇な時間帯。思わずトーンのあがった声は、無情なほどに閑静な食堂に響きわたった。わずかな客の視線がこちらに刺さる。
それから逃れるように、俺はおずおずとスマートフォンに手を伸ばした。
「――代わりました。接木ですが」
『ああ、君が接木輔くんだね。はじめまして、県警の支倉です』
年輪を重ねた大木みたいな、落ち着いた渋い声が鼓膜を揺らした。
支倉玄蔵……「県警の」なんて肩書きを省略しているが、この人が相当上の役職にいることは現場の警察官や茂庭さんの態度からもわかる。警察の人事や階級には詳しくないが、上から数えた方が早い、かなりのコネと権力を持った県警の重鎮だと。
そんな、下手すると人生で一切関わり合うこともなさそうな人と、電話越しに会話している。その人が俺を認知している。よくわからないのに身体が震えた。
「はい。はじめまして」
うまい返事ができないのがもどかしい。スメラギの流暢な喋りが憎らしく思えた。
『まあ、あまり身構えないでくれ。私が個人的に、君と話をしてみたかっただけだから』
「はい……」
そう言われても萎縮しないわけにはいかない。相手は県警の上層部、下手な真似はできない。
『住良木くんの助手として事件に同行しているようだね』
「……はい」
助手。あるいは腰巾着。肯定するのに一拍必要だった。先方がその間を気にしたような変化はない。
『君自身は探偵志望とか、そういうわけではないんだね?』
「はい。せいぜい推理小説を読む程度で」
『推理小説か。好きな作家はいるかな』
少し迷った後、日本のミステリ作家の名を挙げた。ミス研の部長に鼻で笑われた、日本人の作家だ。無論支倉さんはそんなことを知る由もなく、「いいね。私も彼の小説が好きだよ」と当たり障りのない返事をくれた。
『どうだい、住良木くんは。何か気づいたことはあったかな』
住良木くんは。
その言葉に俺は引っかかった。また、言葉に詰まってしまった。スメラギと知り合って、まだほんの二ヶ月くらい。その程度でこいつの何がわかるって言うんだ。蛇霧での一件が未だに影を落とす。幻想を追いかけるみたいな無謀さだ。結局、俺はスメラギの評価をあげるためのツールに過ぎない。
『接木くん?』
渋い声がそっと呼びかける。頭の中が急に鮮明になった気がした。少し考え事に没頭してしまったらしい。相手は県警のお偉いさんだ、粗相のないようにと自戒したはずなのに。
「すみません」ととっさに謝罪の言葉を口にして、頭を切り替える。
「スメラギですよね。現実にいるのが信じられないような存在です。本当に目の前に事件があって、こいつが事件を解決するのを見ていると――」
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