Case:2-7
「重りはすなわち、鉛のように質量があって不変のものであると。でも現実はそうとも限らない」
「……まあ、鉛玉なんて日常生活でお目にかからないもんな」
「単純に考えていいよ、タスク。重りとはつまり、重いものでいいんだ」
「――は?」
いやわかる。わかってるさそれくらい。でも……スメラギが与えようとしている意図は、きっとそうじゃない。
「重たくて、時間が経つと消えるもの。果たしてなんだろうね」
まるでなぞなぞみたいだと思った。そしてスメラギにはすべてが見えている。「時間が経つと消える」――それは、事件の全貌が見えていなければ言えない言葉だろう。
被害者が殺されてから発見されるまで、そこそこ時間が経過していたということか。俺は警察からそこまで話を聞いていない。聞く資格なんてないのだから。時間が経つと消える重いもの、消える重り、時間経過、重り――
「スメラギ、やっぱり俺には」
「このゴミ箱さ、僕には違和感があったんだ」
あきらめの一言を、屈辱ながらも告げようとしたとき。スメラギは俺の言葉を遮って話し出した。俺が散らかした丸めたティッシュ、そのひとつをつまむ。
「綺麗に整頓された部屋だ。レイアウトも品がある。だと言うのに、どうしてゴミ箱のゴミはこんなにため込んでいるんだろうと」
「そんなこと」
気にして見てるって言うのか、こいつは。
「何故か? ――不自然なものには理由がある。たとえばそれが、密室の鍵になっているとか」
「丸めたティッシュが?」
「そう。ゴミ箱を埋め尽くすほど、大量に丸められたティッシュが」
ゴミ箱を、埋め尽くすほど? その言葉を反芻する。ティッシュにさえも意味がある。消えた重りと。こいつはそう考えているらしい。
「……消えた重りの受け皿になるってことか?」
「ご明察」
スメラギは笑みを深くした。
「重りが溶け、時間が経って水に変わっていく……その痕跡を吸い取ってしまうために」
「まさか、重りって」
そんなはずは。俺は口にしようとしたその言葉を飲み込んだ。まさか、なんてことはない。鉛玉なんかよりもありふれたものじゃないか。
「タスク、僕は重りに氷を使ったと考えているよ。そのためのティッシュだ」
「――――」
言葉がでなかった。俺に何が言えたというのだろう。なおもスメラギは続ける。
「さて、ここに密室は破られたわけだ。こんな面倒な仕掛けをする以上、自殺とは考えにくい。ならば誰がこんなことをして、被害者を手に掛けたのか? ――妻だ」
そこから先は、俺にはあまりに早すぎる展開だった。
密室に使われたタコ糸は妻の裁縫箱から発見されたこと。妻が不倫をしていたこと。自殺に見せかけることで、自分への容疑を逸らそうと密室を思いついたこと。冷凍庫の製氷ゾーンには大きすぎる氷を砕いたような、不自然な形の氷が入っていたこと。
――俺が部屋を見てゴミ箱をあさっている間に、こいつがそこまで辿り着いていたかと思うと、やるせない気持ちになる。
「だから嫌だったんだ」
スメラギが導きだした「推理」を披露したとき、茂庭警部は苦い顔をしてそう言った。
「おまえが来ると警察のメンツが丸潰れだ」
「そんなこと言わずに。僕は密室に出会えて満足、警察は事件が解決できて満足。損なことはありませんよ」
「……おまえのそういうところが嫌いなんだよ」
それについては茂庭さんに同意だ。華やかな外見をしている優男に、警察を(意図はなくとも)あざ笑うかのような推理で事件解決するのだ。現実にいてはたまったものではない。
「支倉さんには俺から報告しておく。おまえたちは用済みだ、さっさと帰れ」
顔を見ていると虫酸が走るんだと、警部の階級を持つ大人は真正面から言ってきた。
***
その帰り、俺は放心していた。いや違う、うまく口がきけなかった。
スメラギは気をきかせてか単なる自信なのか、今日の事件について語っている。それに対して俺は、うまく言葉を返せなかった。適当な相づち、適当な返答、曖昧な言葉、通り抜けていくのは空虚。
――俺のしていたことは、無駄だった。
お遊びにしかならなかった。スメラギという「本業」がいるにも関わらず、子供が変な真似をしたから。とんだお笑い草だ。推理なんてスメラギに任せて、俺はおとなしく腰巾着をしていればいいのに。苦い思いが広がる。
「タスク。聞いているかい?」
「――ああ」
嘘をついた。スメラギの言葉なんて半分以上流れて消えた。
「さっきも言ったけど、僕は君を助手にと言ったんだ。君が何故僕の隣にいるか……その意味を正確に、理解しているかい?」
わかってる。わかってるさ。俺はスメラギの助手――アウトプットするための装置にすぎない。だから俺はおとなしくしているべきなんだ。
胸の奥でくすぶっている思いは、まるで鉛玉みたいに俺にのしかかった。
そして思い返すのは、古い記憶。
金髪にピアスをした、派手な見た目でガラの悪そうな男。そんな男が抱く夢想。昔の俺とは違う。違うはずなのに、まるで中身は「あのとき」に退化していくようで。どう足掻いても抜け出せない沼に落ちていく。
「あのとき」の俺が、陰気な目をして
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