Case:2-6

 もしこいつが、今の言葉を励ましや慰めで言っているのなら、やっぱりこいつには人間の気持ちってのがわからない。俺が女々しいんじゃない。煽られているように感じるのだ。

 でも、こいつが言うのなら。きっと証拠や痕跡がどこかにあった。そういうことなんだろう。調べることなら、俺にもできる。


「もう少し見てみる。おまえは殺人犯の考察でもしとけ」

「そうするよ」


 スメラギはそれ以上何も言わず、ただ意味深に微笑した。生徒を見守る先生みたいな目が気に入らない。


 言ったからには、調べ尽くす。扉に細工をしたのなら、何らかの手がかりが残っているはず。スメラギはそう示した。ならば俺が調べるのは、扉とその周辺なんだろう。

 外から鍵を掛けるなら、つまみをひねるしかない。だから、つまみを回すための仕掛けを用意したと考えられる。扉には針金なら通せそうな隙間。細長い何かプラスアルファを使って、つまみを回したって言うのか。傷跡の問題はあるが、今はその何かを探そう。思い出せ。俺が扉や窓を調べていたとき、あいつはどこを見ていた?


「……これ」


 寝室には生活感あふれるものがあちこちに置かれている。ベッドの他にはクローゼット、分厚い医学書などが並ぶ本棚、奥様のものと思われるドレッサー、そこにちょこんと置いてある指輪のケース。ビーズクッション、置き時計、マガジンラック、オーディオ、クラシックCD、――ゴミ箱。

 俺は飛びつくようにゴミ箱の中身を見た。


 ゴミ箱は扉をめいっぱい開いたすぐ脇に置かれていた。が、もしかしたら元の位置は違ったのかもしれない。現場写真での配置は思い出せないが、扉の近くにあったんだ。可能性はある。

 中身を見た瞬間、俺は震えた。脊髄から何かが急上昇してくるような、ぞわぞわして身体の震えを抑えられないタイプの異常だった。悪寒じゃない。口がひきつる。

 そうか俺は、笑って、いるのか。


「見つけた……」


 ゴミ箱の中身は大量の丸められたティッシュ、それとタコ糸だった。


「スメラギ」


 俺の声は上擦っていた。それですべてを察したとでも言わんばかりに、スメラギはにっこりとして応える。


「答えは? 助手くん」

「タコ糸だ」


 嫌な呼び名すらどうでも良かった。俺は俺のつかんだ答えを、スメラギに伝えたくてしょうがなかった。ついつい饒舌じょうぜつになる。


「タコ糸なら扉の隙間を通せる。つまみにタコ糸を巻き付けて、その先に重りでもつけておけばいいんだ。もう片方のタコ糸は手に持ったまま扉を閉め、外で手を離す。重りは落ち、つまみは回り、タコ糸は重りとともに落ちていく」

「それをゴミ箱で受け止めればいいと?」

「ああ。鍵の真下に置けばいい。扉を開けたときにゴミ箱が倒れても、おかしなものが入っていなければ疑われることもない」

「なるほど。いい推理だ」


 俺にはこれしかないと思った。ひとつの手がかりと状況から照らし合わせ、真実を導く。ああ、探偵ってものも悪くはないなとつい考えてしまった。スメラギは「明察」とは言わなかったのに。


「では、重りは?」

「――え」


 その言葉で俺は現実に返る。


「君の推理だと、使ったものはタコ糸と重り。なるほど確かに扉の隙間からタコ糸は通せるだろう。事実証拠も出ている。では重りは? ゴミ箱に眠っているはずの重りは、どこに消えたのだろうね」


 答えられなかった。代わりに、俺はすがる思いでゴミ箱に近づいた。中腰になり、中身をあさる。タコ糸、ティッシュ、ティッシュ、これでもかとティッシュ――最後の丸めたティッシュを取り出したときには、俺の自信はすっかり瓦解していた。

 ない。空っぽだ。


「重りじゃ、ないのか……」


 認めたくなかったが、そうつぶやいた途端、俺は自分がとても滑稽に思えた。

 バカじゃないのか。一人で舞い上がって、王子様の甘言に惑わされて調子に乗って、自滅して。俺がこんなことをしなくてもスメラギなら自分一人で解決に導くだろう。俺がやったことは無駄なんだ。


「タスク。重りはどこに消えたと思う」


 だと言うのに、こいつは俺に問いを投げ続ける。


「その可能性は今消えたはずだろ」


 俺の返事はぶっきらぼうになっていた。それでもスメラギは続ける。


「君の推理には穴があるから、その穴を埋めようとしているだけだよ。別にゼロだと言った訳じゃない。重りの行方がわかれば、それが実行された可能性は一気に高まるのだから」

「でもゴミ箱にはなかった!」


 俺は吼える。強がっていないと自分が惨めでならなかった。


「タコ糸はゴミ箱の中にあった。だったらその先についていたはずの重りも、ゴミ箱から出てこなきゃおかしい」

「じゃあ、どんな可能性ならいい?」


 スメラギの言葉は意味がわからなかった。


「どんな重りなら、ゴミ箱に落ちて、そこから消えることができる?」

「重りが、消える……?」

「君の言うルートを辿るなら、重りは消えてしかるべきだろう」


 ゴミ箱からは何も出なかった。俺も見たし、スメラギも言うし、きっと警察も調べただろう。そこを覆すことはできない。でも、重りが消える? そんな摩訶不思議なモノが存在するって言うのか。


「君は何か思いこみをしていないかい?」


 スメラギが人差し指を立てて問う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る