Case:2-5

 スメラギは簡潔に答える。部屋が密室だと言うのは簡単だ。「外から誰も入れない空間」を作ればいい。

 と言葉にするのはたやすいが、現実世界において本物の密室など奇特だ。大体抜け穴があって、密室が実は密室ではなかった、ということが多い。それを証明することがスメラギの仕事、みたいな部分はある。さて今回の案件はどうなのやら。


 密室を検証するにあたり、調べるのはまず扉付近だ。そこが口だと言うのなら、その口に細工がしてあると考えるのが至極当然である。もっとも、俺は「密室の王子」の助手になってから日も浅い。知識は今まで読んできた推理小説程度なもんで、観察力は探偵のそれに遠く及ばない。だから俺が何を調べようが、気休めにしかならないのだが。


「……やる気だね、タスク」

「うるせえ」


 棒立ちでいられないのは、身の程知らずな意地だ。

 寝室のドアはつまみを回すことで鍵がかかる、よくあるタイプのものだ。外側から鍵をかけるとしたら、このつまみに何かを引っかけてつまみを回す必要がある。鍵は内側からしか掛けられない。ドアの間にはわずかな隙間。これなら針金くらいなら通せると思う。もっとも、針金の力だけではつまみを回せないだろう。そして、針金をはじめとした道具を使ったのなら、つまみには擦ったような傷跡が残るはずだ。


「……傷跡はなし、か」

「驚くほどキレイだね。ドアノブからは家族以外の指紋はでなかったと言うし」


 スメラギは口出ししつつも、ドアの周辺を検分している。こちらには目もくれない。いや、目を向けずに会話をしてると言った方がいいか。


「他の出口はどうだろう」


 スメラギがその場を離れる気配はない。俺に調べろって言いたいのかよ。

 チッと舌打ちすると、俺たちの見張りも兼ねた捜査中の刑事がぎょっとした。意外と肝っ玉の小さい刑事が配属されたらしい。君の身なりのせいじゃないか、とスメラギに言われるのは無視だ。

 他の入り口、といっても隣の子供部屋に通じる扉はない。強いて言えば、ベランダにつながる全面窓があるくらいか。鍵はこれまた単純な、つまみを上に跳ね上げるタイプ。しかしここは周到なのか、窓は二重になっていた。防犯かそれとも寒さ対策かはわからないが。


「期待しているような違和感はないぞ。二重だし、割られた痕跡はもちろんなし、だ」

「ベランダはどこに通じてる?」

「ここからでれば……」


 おびえる刑事に許可を取り(ちゃんと取ったんだ、脅しじゃない)、窓を開ける。それを二回するのは意外とめんどくさい。高層マンションとは言えたかだか三階、ビルの間をすり抜けるような強風は吹いていない。それは低層階の良さかもしれないと、また無関係な感想が口をつきそうになる。

 ベランダは二つの部屋をつなぐように配置されているようだ。子供部屋ではない。


「リビングダイニングに繋がってる。逃走経路としてはアリだな」

「そうだね。痕跡を残さずに鍵を開け閉めできたのなら」


 それを暴くのがおまえの仕事だろうが、と言いたくなった。たまに他人事みたいに言うことがあるのだ、こいつは。最終的にはどうにかするのかもしれないが、そういうところは鼻につく。

 さて、部屋のつくりについてはおおむね理解できたか。床下に秘密の隠し部屋とかがない限り、逃走ルートはふたつだ(一般的な現代マンションに隠し部屋なんてもの、作れるとは思えない。推理小説の読みすぎだ)。

 すなわち、扉か窓か。


「タスクはどう思う?」


 俺が現場の構造を一通り調べ上げたところで、スメラギはそう声をかける。俺は肩をすくめた。


「どうと言われても。扉か窓か、どっちかから逃げたのかな、くらいだぜ」

「そこについては僕も同意だ。もっと言うと、扉に細工をして鍵をかけたと見ている」

「は」


 またこいつは、俺の数歩先をいきやがる。説明を求めるのは、何度も言うが癪だった。分不相応だと言われようがなんだろうが、俺はこの王子然とした優男に――そう、簡単に言うと負けたくなかった。


 スメラギのことは少ししか知らない。こいつと知り合って助手になると決めてすぐ、俺はネットでこいつについて調べた。高校生のときに地元紙で警察から感謝状を贈られたとスクープされたのは今から二年前。それから何度か県警の要請に応じて密室事件を中心に解決してきた。それは嘘ではないらしい。

 ネットにはその風貌もあいまって、非公式のファンサイトまでできる始末。まあ、あくまでローカルニュースだから、毎日学校に追っかけがくる、とかではないらしいが。彼女をとっかえひっかえしているから、こいつを知れば知るほどにファンは離れていくようだ。


 そんな、名実ともに探偵を本気で目指す大学生相手に、推理小説好き程度の俺がかなうはずなんてないのだ。プロとファンくらいの違いなんだ。わかってる、そんなこと。そもそもこいつに出会わなければ、俺は本を読むだけで満足できたかもしれないのに。

 本当、嫌気が差す。


「……つまみは傷跡ひとつなかったんじゃなかったのかよ」

「それは事実だよ。でも、現場を調べた結果、僕が出した結論はこれだ」


 犯人は殺人ののち扉から堂々と脱出して、何らかの方法を使って鍵を外からかけた。――現実の殺人事件でそんな小説みたいなトリックが、あるのか。


「難しくなんかないよ、タスク。これは推理小説じゃない。巧妙なトリックを考えられるほど犯人は狡猾ではない……だから、僕は見つけられた」

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