Case:2-2

 お小遣い程度の報奨金だろうが。スメラギが高校生の時に産声うぶごえをあげた「新進気鋭のイケメン探偵」であるとしても、それで財産を築けるほどの仕事ができているわけではない。未成年であることも、もしかしたら下に見られる要因かもしれない。まあ、本人は今のところ推理を楽しみ、積極的に捜査に協力しているようだが。


 事件現場だという高層マンションは、蛇霧地区の一等地に立っている。地区一番の繁華街。東京で聞いたことのある有名な老舗百貨店が軒を連ねている。

 この辺りが開発されるのと同時期に建てられた高級デパートは、外観を白く塗ってはいるものの、金縁の看板がくすんだ輝きを放っている。内装はより顕著だ。建築されて三十年ほど経つという老舗は、売り場面積拡大のため、増築に次ぐ増築で継ぎ接ぎだらけになっていた。店内を闊歩かっぽすると「継ぎ目」で足元がぐらりと揺れる。地震が起こっているかと錯覚するような造りだ。


 蛇霧地区とは、つまりそういう街だ。数十年前に開発が進んだ片田舎。その「一等地」は年月の経過とともに風化と劣化が進んでいる。それでも、蛇霧地区にはここ以外の繁華街がないから、人々は古ぼけた百貨店に足を運ぶ。爆発的な売り上げをあげることはないが、客足は途絶えない。

 片田舎の古びた繁華街に建設された、真新しい高層マンション。時代錯誤に陥るような、希有けうな光景だった。


「この間の死体も、マンションで死んでたっけ」


 アパートだったかもしれないが、もうどうでもいいことだ。高層マンションは片田舎の懐奇町では珍しい。それこそ栄えている都心や百万都市なら話は別だが、生憎とこちとら百万都市でも何でもない、こぢんまりとした地区だ。高層ビルはそれだけで目に留まるため、どうしても記憶に残りやすくなる。が、スメラギはさして気にしていないようだ。


「確かに、マンションは住人が密集する建物だからね。人が多ければ事件も増えるだろう」

「それだけか?」

「と言うと?」

「珍しくないのかって話だ」


 もっとも、密室事件に目がない王子様には現場の外観など些事さじだろう。今から警察の管轄に飛び込もうとしているのに、高層マンションひとつに興奮している自分がなんだか浅ましい。


「事件が、かい?」


 案の定スメラギが質問の意味を履き違えた。だが訂正したところで俺の場違いな感想を掘り下げることになる。恥の上塗りはしまいと、俺はそのまま聞き役に徹する事にした。


「もちろん、すべての事件は鮮明さ。僕がこういった事件に携われるようになったのは高校生からだけど――まだ数年なんだ、慣れるというほどでもないよ」

「そうか」

「それと同時に興奮もしている。僕の前にはどんな密室が待っていて、僕を楽しませるのだろうかと」


 事件の解決をまるでパズルのように考えている。頭の切れる人間の考えは凡人の俺には到底理解できない、それはほかの一般人も同じだろう。事件をゲームのように己の快楽と結びつけているスメラギは、間違っても被害者やその身内といったデリケートな相手とつきあわせてはいけないだろう。


 表舞台には立たせられない探偵――推理小説の探偵は、往々にして面倒くさい人種が多いが。


 くすんだ色味の百貨店を素通りし、信号をひとつ越える。その先に待ちかまえるのが、シャープなシルエットが印象的な黒色の高層マンションだ。完全オートロックの入り口は透明な自動ドアの向こう側にあり、脇には守衛室もある。警備員が常駐しているかというと話は別だが、入りにくい物々しさだけで言えばその役目を果たしていると言えよう。

 銀色のボタンとインターホンが並ぶオートロックシステムに対し、スメラギは躊躇わずに数字のボタンを押した。どうやら事前に部屋番号を聞いていたらしい。二回のコール音ののちに「はい」と掠れた男の声が聞こえた。機械を通しているせいか、がさついた声はいっそう聞き取りにくくなっている。


茂庭もにわさん、住良木です」


 茂庭、というのは懐奇町担当の警察官の名である。懐奇警察署に勤める警部――で階級は良かったと思うのだが、その声は相変わらず不服そうである。不機嫌に寄せられた眉とヒビみたいに深く刻まれた皺、それと聞き取りにくい掠れ声。四十代を少し越えたくらいの年齢に見える茂庭警部は、正直言って俺たちに好意的とは言えない。

 では何故招き入れるのかと言えば、スメラギに依頼をしたのが「上」の人間だから、である。


「……腰巾着もいるのか」


 チッ、とあからさまな舌打ちが聞こえる。こちらからは音声しか聞こえないが、インターホンの隣にはカメラがある。こちらの様子はお見通しと言うわけだ。そして「腰巾着」とは、言わずもがな俺のことだろう。

 まだ知り合って一月だというのに、彼の俺に対するイメージはそれですっかり固まっていた。そう、スメラギにくっつく俺に関して、関係者の認識は概ねそれで一致しているだろう。


「茂庭さん、タスクは僕の助手です」

「…………」


 スメラギの言葉には応じず、代わりにガチャンと鍵の外れる音がした。眼前の自動ドアが口を開ける。気づけばインターホンでの通話も一方的に切られていた。やれやれと大袈裟にスメラギが肩を落とす。


「気にすることはないよ。行こう」


 俺は先ほどの発言を気にしてなどいないのだが。スメラギがかける言葉は、時に俺の想像以上に俺を気遣ったものになる。

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