Case:1-5

 泡のように浮かんだ疑問。仮にスメラギの推理が真実なら、この水入りの瓶は元々クスリが入っていて、空っぽになったから水を入れて棚に並べていたことになる。スメラギが気づいたようにひとつだけ無色透明の液体があれば怪しまれるし、不注意に思える。

 スメラギは顎に手を当てて頷いた。


「そこなんだよね。可能性ならいくらでもあげられる」

「たとえば?」

「瓶は常に『リサイクル』していて、飾り棚で『待機』していた」

「ブランド品買い漁る女の所業とは思えねーな」


 唐突にチープになったというか。


「警察には目をつけられていたわけでもないし、慢心していた」

「否定はできねーが、それも同じ瓶を使い回す理由としては不十分だと思うぞ」

「なら……」


 ひとつの状況から、これでもかと可能性を提示する。無限にも思える想像力には脱帽するが、そのアイデアが玉石混交なのは頂けない。俺に論破されるなんてお話にもならないだろう。それでもこの推理ショーを楽しむかのように、スメラギは次の演目を指し示す。


「同じ瓶を『使わざるを得ない』状況だった」

「同じ瓶を?」

「そう。引っ掻き傷をつけるとかして『ヴィンテージ』物にしたその瓶を使うことが裏稼業での彼女の名刺代わりで、それで相手の信頼を得ていたとかね」

「複数の顧客相手にできんのか、それ。この部屋にあったのは小瓶ひとつなんだろ?」

「そうとも限らない」


 スメラギは飾り棚に並ぶ小瓶を指差す。


「同じ瓶なら、ここに陳列されてるじゃないか」


 飾り棚の中段にあった透明な小瓶。同じ列に並んでいる香水の瓶たちは、皆同じメーカーのものだ。ラベルのフォントや丸みを帯びた瓶の蓋がそれを物語っている。


「今はただの小瓶だけど、中身をすり替えて『商品』にする可能性はあるだろう?」

「……まあ。でもそれと殺人にどんな関わりが」

「無粋なことを言わないでおくれ、タスク」


 何事も段取りがあるんだ、といさめるように語るスメラギの横顔が心底憎い。結論を急いでしまうのは、俺に限らず大衆心理というものだろう。おかしいわけじゃない。

 スメラギはダイニングテーブルへと歩を進める。俺も追いかける形になった。


「ここから先は推測に過ぎない。僕は探偵志望だけど、探偵にだって推測で物を言うには限界がある。この先は警察の仕事だ」

「どういう意味だ」

「状況から推理した結果に人を逮捕する力はないってことだよ」


 そう答えるスメラギの背中は少し寂しそうに見えた。


「外部から持ち込まれたナイフから考えれば当然計画的犯行だ。油断した被害者の背中にナイフを突き立て、ご丁寧に椅子に座らせたんだ。死体をいじくる時間もそれなりに確保していたと考えられる」

「でもおかしくねーか?」


 俺が口を挟むも、スメラギは不快そうな顔を一切しない。むしろ楽しげに続きを促してくる。


「鈍い音と女性の悲鳴がして、すぐに人が来てる。椅子にちんたら座らせてる時間なんてないぞ」

「そう。だから、人が来るまで悲鳴はあげなかった」

「は?」


 スメラギは死体が座らせられていた椅子に恐れ多くも腰掛け、長い脚を組む。いつの間にか死体はブルーシートに包まれ運ばれていた。だから問題ないだろうとでも言いたいのかも知れないが、俺は純粋にこいつの気が知れない。

 死体のあった場所に腰かけるという行為そのものが理解できなかった。たぶん俺の感性はおかしくない、と思う。やっぱりこいつは規格外だ。


「悲鳴はうるさい、当然人が来る。だから犯人は被害者を音を出さずに殺し、小細工を終えたあとで『悲鳴をあげた』」

「は、え……?」

「声をあげさせず殺すのは簡単だ。口にガムテープを貼るなり、毛布で頭をぐるぐる巻きにするなりすればいい。事実、女性の口紅は不自然に落ちていたというし、口の端からガムテープの粘着面が検出されたと報告を受けているよ」

「おい、ちょっと待てって!」

「なんだいタスク。催促したかと思ったら今度は待てだなんて。天邪鬼なのは女性だけで十分だよ」

「いやそうじゃなくて」

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