Case:1-4
「そう。タスク、なんで僕は香水の話をしたんだと思う」
にこりと、でも何かを試すように微笑むスメラギ。女性受けする愛嬌のある笑顔が、しかし俺には一癖あるように映る。裏の裏まで見透しているような顔で、俺に何かを期待しているような顔だ。
まばらになった警察官が、俺を奇特な目で
……嫌だ、そんなのは嫌なんだ。だって俺は、本当は。
「香水と殺人方法に関係がある、っていうのか」
「当たらずとも遠からずだ」
スメラギが柔らかい声色で即答する。きつい言葉ではないのに「外れ」だと言われているようで、傷つく。
「返答がはえーんだよ」
「でも、いい線いってるよタスク。正しくは香水瓶と殺人の動機に関係がある」
「動機……?」
そう、とスメラギが声のトーンを一段階落として問いかける。
「君も気付いているんじゃないか? この家と家主の『違和感』に」
違和感、だって? 俺は胸の奥に何かつっかえている感覚を思い出す。家と、家主の違和感。それを俺は、知っている。
1LDKのマンション。一人暮らしの二十代女性。家族用を想定した大きめのダイニングテーブル。対面型のシステムキッチン――
「……高いんだ」
「ん?」
「一人暮らしの二十代女性に、到底買えるようなマンションじゃないんだ、ここ」
わかった。この違和感の正体。賃貸でも購入しても構わないが、どのみちこのマンションは普通の二十代女性が一人で住むには広すぎる。備え付けと思われるシステムキッチンやダイニングテーブルも四、五人を想定されている。
「ご明察」
スメラギは満足げに笑みを深くした。
「女性はごくごく平凡なOLで、両親も一般的な中流家庭。このマンションの家賃を払うには……十分な給与とは言えないだろうね」
「じゃあなんでこんなところに」
女性の家事情と殺人がどう繋がるのかはわからないが、とりあえず目の前の糸を手繰る。何故、女性はここに住んでいたのか。いや、「住めた」のか?
「アウトプットできる相手がいると推理も捗るね」
ダイニングテーブルの縁を撫でながらスメラギは呟く。俺がいいようにこいつに使われてるみたいで、なんだかシャクだ。
「体面でも気にしてたのか?」
「裕福な生活をしていたのは間違いないね。香水も高級なものが並ぶし、クローゼットの洋服もブランド品ばかりだ」
「クローゼット漁ったのかよ」
「捜査だよ。心外だな」
一人暮らしには十分すぎるマンションに、ブランド品。相当お金を使い込んでいたことはわかる。でもスメラギの話だと女性は普通のOLで、個人の稼ぎだけでは到底やっていけるとは思えない。
個人、では。なら……いやまさか。
「支援者か、裏稼業……」
「裏稼業だよ。というか、脅しに近いのかもしれないけど」
選択肢はすぐに片方に絞られる。俺には裏稼業に断定できた理由がわからず、こいつの頭をかち割りたくなる。 また一歩も二歩も先を行くんだ、こいつは。
「探偵にとって、観察は大切なんだ。でも観察だけじゃあ真実は見つからない。いばらの森を抜けるには勇敢さだけでは足りないんだ」
「……つまり」
「因果関係を見いだすこと。それが探偵の、本来の仕事さ」
最初からそう言えよ、と言いたくなったのは今に始まったことじゃない。比喩や
「この瓶、中身はただの水なんだよ」
「は?」
瓶の蓋を開け、手で仰ぐようにして香りを嗅ぐスメラギ。ただの水なら確かに無色透明おまけに無臭だが……こいつの知識はどこまで広いんだ。なんで水だと?
「瓶の蓋の裏側に付着した粉が気になってね。もしかしてと思って聞いてみたら、当たりだった」
「当たり?」
「クスリ」
勿体ぶることもせず、スメラギは小瓶を棚に戻して答えた。
「クスリ、って」
「ちゃんと言ったほうがいい?」
「……いや」
俺にだってわかる、それくらい。ただ、話が飛躍して驚いただけだ。さっきまで不自然に裕福なOLが殺された話をしていたのに、なんで急にそんなものが――
俺が動揺して立ちすくんでいる間も、スメラギは香水の瓶をあれこれ手に取っている。
「平凡なOLに『支援者』がいないと断言する証拠はないけど、平凡なOLが密売という『裏稼業』に携わっていた証拠ならある。当然その業界での人間関係があって、どうやらうまくいってなかったみたいだね」
「だから殺された?」
「たぶんね」
スメラギは飾り棚に香水の瓶を整列させ、満足げに微笑んだ。
「普段は香水の瓶に入れて保管していたのかな。大胆不敵だけど持ち運びには便利なサイズだよね。ラベルを巻くように貼ってしまえば、中身だって隠せる」
「でも、わざわざ使用済みの瓶をここに並べるか?」
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