Case:1-2

 殺害現場のリビングダイニングはそこまで家具が多いわけでもない。先程のダイニングテーブルと、大型テレビ。五十インチくらいありそうだ。結構でかい。テレビの前に脚の短いテーブルがちょこんと置いてある。小ぢんまりとした、コップと皿一枚くらいしか置けない感じのものだ。テーブルクロスは赤いチェック柄で、女性らしい色遣いだなと感心する。

 テレビの脇に飾り棚があって、そこに小瓶が並んでいる。


「うわ」


 俺は思わずそんな声を漏らした。この、飾り棚ってものにまったく理解が出来ないのだ。

 インテリアということで置かれているのかもしれないが、扉があるわけでもなく、天板も狭い。オープンな形で「こんなに素敵な物を飾ってるの、綺麗でしょ」とでも言いたいんだろうが……正直、必要ないと思う。

 だって、落ちた時が怖い。こんなのちょっとぶつかるだけで中身がぐらりと揺れそうだ。落っこちても壊れない人形とかプラスチック製品ならまだしも、ガラス細工とか繊細な品物を、いくらインテリアとはいえ晒していることが理解できない。


「どうしたんだいタスク。そんな苦い顔をして」

「スメラギ」


 いつの間にか警察官との会話を切り上げてきたらしい。スメラギが俺の元に寄って来ていた。俺がスメラギのことを素直に受け入れられないのはこの整った顔もあると思う。女受けの良さそうな、いわゆる甘いマスク。頭脳が冴える上にイケメンとか、神はこいつに何物与えてるんだ。

 友達だが手放しに賞賛したくはない。俺にとってスメラギは微妙な間柄の男なのだ。


「美しい飾り棚だね。君、こういうのに興味があったのかい?」

「ちげーよ」


 どちらかといえば「やんちゃ」な外見をしている俺が繊細な世界に興味津々とか、そんなわけあるか。前述のとおり俺は飾り棚に興味を抱いていない。ただ、存在価値がわからなかっただけで。


「お前こそ、こういうのに興味があんのかよ」

「まあね」

「さすが密室の王子様だな」


 「密室の王子」という身の毛もよだつあだ名がスメラギにつけられたのは、高校生での鮮烈なデビューの直後だ。大学に入学したての今は学校行事のせいで活動がまだ制約されているが、高校生時代の活躍はなかなかのものだったらしい。

 時間的制約は大学生よりも多いと言うのに、時間を見繕っては精力的に事件解決に尽力してきた。といっても地元の新聞紙が取り上げる程度の規模だが。特に――何か理由があるのか――密室事件の解決に執念を燃やす。そんなこいつを見て警察の誰かが呼び始めたのが「密室の王子」と言うわけだ。

 俺は勝手に、最初に呼び出したのは女性ではないかと思っている。かっこよくて若い男にはとりあえず「王子」をつけとけという慣習があるように思える。


 俺の皮肉を込めた返しにもスメラギは動じない。飄々ひょうひょうとしたところも俺が素直にこいつを認められない一因だ。


「もっとも、僕が気になっているのは飾り棚の状況だけど」

「状況?」


 俺が眺めていた飾り棚を、スメラギは穴が開くほど凝視する。飾られた品はもちろん、棚と壁の接合面まで舐め回すように。飾られていたのはよくわからない小瓶だ。等間隔に四本、それが三段並んでいる。中身は薄く色づいた液体。たぶん、これは――


「香水だね」

「やっぱそうか」

「気付いていたのかい」

「こんなに強烈な匂いを放ってりゃあな」


 こういうときは「香り」と形容するんだよ、とスメラギが咎めるが、知ったことではない。不愉快なニオイは全部匂いだ。百貨店の一階で嗅ぐような、ありとあらゆる香料をごちゃ混ぜにした匂い。ひとつひとつによくわからないカタカナが振ってあるが、とにかく個性が強すぎる。鼻が曲がってしまいそうだから、買い物に行くときはなるたけそのフロアを避けるようにしている。あそこに通いつめる女の嗅覚が理解できない。

 下手に現場の物品に触れば刑事に鬼の形相で睨まれる。しかしそれは平凡な大学生の場合。スメラギはいつも鞄に入れている白手袋をはめ、飾り棚の香水瓶をいくつか手に取った。ピンクとか黄色とか、そういった色をしたものが多い。


「シトラス系が好きだったのかな……柑橘類の香水が多いね。あとはフローラル系……あ、すごい……シャネルがある」

「随分と知ってるな、香水なんて」


 香水はあまり好きじゃない。化粧を決めすぎた派手めの女がつけてた、むせかえるようなキツイやつが苦手だから。あれは一種の攻撃だった。

 スメラギは香水をつけない。なんで詳しいんだろうと思って聞いてみると、スメラギは香水のラベルを見つめたままこう返した。


「以前、付き合ってた女の子が化粧品に詳しくてね。その時に教えてもらったんだ」

「……あーそーですか」


 聞くんじゃなかった。こいつは天然ジゴロモテ男だった。話は終わりだと思い、俺はやる気のない相槌あいづちで終焉を告げる。


「もういいだろ香水なんて。別に何も変わったところはないし」

「それはどうかな」


 悪戯っぽく呟くスメラギの言葉に俺はフリーズする。香水の飾り棚に何かがあるっていうのか。


「ちょっと待て」


 俺もラインナップを食い入るように見つめる。生憎と知識がないために、ラベルを見ても何のことかわからない。シャネル……って、「あの」シャネルか。香水も作ってたんだな、知らなかった。

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