密室×王子
有澤いつき
Case:1 Sink into water
Case:1-1
突然だが、俺は殺人現場にいる。
何故か? そんな無粋なことは聞かないでくれ。俺だって知りたい。
好奇心旺盛で警察にもコネがある普通じゃない大学生が、俺を引きずり込んだ。毎日普通に大学へ行ってキャンパスライフを謳歌して、講義が終わればサークルで熱く青春するという、俺の夢見た日常は儚くも散ったのだ。……その道を歩むと決めたのは(過程はどうであれ)俺だから、恨み言を吐くつもりはないが。
人は普通を手放すと普通が恋しくなる。普通の人間が非日常に足を踏み入れたところで超人たちのスペックに驚嘆し、場違いな空気に気まずい思いをするだけだ。
「なるほど。被害者は背中から一突きされて亡くなったわけですね。しかし亡くなった時の体勢は椅子に腰かけ、背もたれに身を預けている、と」
俺を非日常へといざなった張本人が、そこで死体の検分をしている恐ろしい男だ。
名前は
現役大学生であるはずのコイツが、何故堂々と死体のある現場に介入しているのか? そこには海より深い事情がある――というと大仰か。まあ多少のいきさつがある。
俺とスメラギとは同じ大学で知り合った、有体に言ってしまえば友達だ。それ以上でも以下でもない、と俺は思っている。大学の推理小説サークルで知り合い、意気投合した……と言えるほどの仲でもない。どこから話せばいいのか――まあ何というか、俺は知り合って間もないこの男に「助手」としてスカウトされたわけである。大学生に「助手」など、教授でもあるまいし親しみの無い関係だ。
よくわからなかったが話を聞いていくと、スメラギは何と「探偵」志望の男だった。推理小説に出てくる、浮気調査とか殺人事件の真相解明とかをしてしまうあの探偵である。
このご時世に探偵。なんとまあチャレンジ精神に富んだ夢いっぱいの男だ、と当時は思っていたが、存外夢でもないらしい。高校生の時から推理に長けたこの男は、偶然居合わせた密室事件を解決。カラクリを暴き、警察の捜査に貢献したということで表彰されたと言うのだ。
そういうハイスペックな男だから、以来警察もスメラギに声を掛けるようになったらしい。
「今回は生憎と、君が好きな密室じゃないけれど……」
「いえ、とんでもありません。謎はすべてが密室のようなものです。誰かが解き、迷宮の扉を開かなくては。僕にとっては迷宮こそが最高の密室です」
加えてこのビッグマウスが小気味いいらしい。俺には
一人称が「僕」で。警察にコネがあって。事件に首を突っ込んでは解決に導いていく、「探偵」志望の大学生。こんな「できた」友人がよくできたものだと、俺は一周回って感動さえしている。
そんなご立派な友人とは対極に、俺は至極普通の男だ。ただの大学生。だから本来なら、ここにはスメラギだけがいるべきであって、俺はご招待などされていない。
「なんでお前がいるんだ」という、針の
だって俺は、ただの推理小説好きに毛が生えた程度の存在なのだから。
「事件を振り返りましょう」
しゃがんで死体を観察していたスメラギが腰をあげる。
「事件があったのは本日午後二時二十七分。このアパートの一室で起こりました。同時刻、この部屋から若い女性の悲鳴が上がったのを隣人が聞いています。そののちゴン、という鈍い音がして、それきり音は聞こえなくなった」
「異変を感じた隣人が大家さんに相談して、部屋をマスターキーで開けようとしたところ、鍵はかかっていなかった。いよいよおかしいと思って扉を開け二人で入ってみると、リビングに女性の死体が、椅子にもたれる形であったそうだよ」
俺とスメラギが現場に到着したのは午後三時半。警察はもっと早くに到着していただろうから、ある程度の捜査を終えてから俺たちを――スメラギを呼んだんだろう。まだ死体が残っているのは、スメラギへの配慮なんだろうか。いやそんなわけないだろう、さすがに。
解剖を急ぐ状況ではないためか、身元を確認する必要がないためか、はたまた確認する家族がいないのか。しかしブルーシートや担架が運び込まれたところを見ると、そろそろ死体は移動するようだ。
状況は整理できました、とスメラギがしたり顔で頷く。顎に手をあて頷く所作とかがいかにも探偵やってます、みたいで俺は好きじゃない。
そのあともいくつか警察官と会話を交わしているところを見るに、詳しく質問をしているのだろう。長くなりそうだから俺も俺なりに、ざっと現場を俯瞰してみる。
部屋の間取りは1LDK。死亡したのは二十代の女性と聞いているが、一人暮らしの女性が住むにはリッチだと思う。玄関脇の収納は床から天井まであるほどの大容量だったし、キッチンもカウンター式。ダイニングテーブルも家族用、という規模のものでいささかの違和感を覚える。
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