第三部 エピローグ
アメリカ合衆国、ニューヨーク市。
マンハッタン。
ミッドタウンの高層ビル群の中にある80階建てのビル。
その2フロアーを貸し切るジェントリー・ハーツ・ファンドのオフィスの一画に、マネージャーやアドバイザー専用のプライベートブースは設えられている。
白っぽいパイン材の柱と壁、そしてドアのある一面は腰壁のみで、あとは天井まで全面ガラス製。
また、それと対面する外界に面した壁は、床から天井まで全て一面ガラスで仕切られる開放的で快適な空間。
そんな小部屋がズラリと並ぶうちのひとつは、本日から空き部屋になった。
1月の終わりを待たずして、本社からの再三の懇願にも首を縦に振らず、この部屋の若き主は柔らかな笑みを浮かべて会社を去った。
部屋には、備え付けのマネージャー専用の執務デスクと応接セットだけが残り、閑散としていた。
そのデスクの上には、四つ折りにされた昨日のニューヨークタイムズが、ポツンと置き忘れられたように乗っている。
新聞の見出しが見える。
それは、アメリカとは国交を断絶させている国の記事だ。
――最高指導者である書記長の兄が、マレーシアの空港で暗殺。
――暗殺された男は、ノースコリアにおいて海外での外貨獲得を主導する人物。
――実行犯の女二人は、複数のアジア人の男に騙されたと主張している。
――ノースコリア自体の関与が疑われるが、真相解明は絶望的。
死因は、薬物中毒死。
使われた毒物は、VXガスと発表された。
だが、女たちが所持していた凶器となったスプレーの中の液体からは、死に至らしめる毒物は検出されなかった。
また、マレーシアの検視官は、死体の耳の後ろにある、ごく小さな注射針の跡に気付く事はなかった。
そして、美容整形の分野にも用いられるボツリヌストキシンが、血液中に僅かに存在していたことも見落としていた。
誰が、何の為に、どうやって暗殺したのか。
暗殺事件は、永遠の闇に閉ざされることになる。
世界を震撼させたアジアの閉ざされた小国のニュースと、黒羽蓮のジェントリー・ハーツ・ファンドの退社。
最後に、全く関連性のないこの二つの出来事を以って、イギリスで起こった裏切りの物語は、静かに幕を下ろした。
アレクサンドライト クライシス 1 虎之丞 @toranojo
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