第7話 青年の経緯
「――っ!」
連続して周囲の壁からランダムに放出される炎球のうちの一つが裕也の足を掠め、そこの部分が微かに爛れる。
その痛みに動きが鈍ったところに火球が追い打ちをかける。
「ぐ……う……」
数弾当たったところで、青年が裕也への攻撃を意図的に止める。
「ほれほれ、まだ三分しか経ってないぞ?さっさと立て」
青年は元より、このゲームに乗っても乗らなくても、十二分に甚振ってから殺そうと考えていた。だから、そんな簡単に止めを刺そうとはしない。勿論、詰まらなくなったら速攻で殺そうと考えているが。
ふらふらと立ち上がった裕也を確認するや否や、再び攻撃を再開する青年。
「お前……なんでこんなことするんだよ」
裕也は炎を避けながら、青年に問いかける。
「その質問は抽象的すぎて、何を指しているのか分からないな。『攻撃を止めたこと』?『ゲームで隔離したこと』?……それとも、『町に炎を放ったこと』に対してかな?」
青年の煽るように喋るその口調に苛立つ裕也。
「よく分かってるじゃねぇか。お前がどんな経緯でその炎を操る能力を手に入れたか知らないけど、町を壊そうとする理由が分からねぇ」
「そんな荒い口調……怖いじゃないか。いいだろう。君には教えてあげるよ、事の発端を。僕が、町を壊そうとするまでのことを」
――――――
「おっしゃあ!受かった!」「あぁ〜番号あった〜」「ない……」「うわ!補欠合格!あっぶね」
周りが一喜一憂している中、青年は無表情、無心で自分の受験番号を探していた。というのも、昔から天才と呼ばれていた青年は、挫折という言葉を知らず、自分が落ちる事など毛頭思っていなかったからだ。会場に着いた時には、既に受かったものだと思っていたため、何の感慨も無く、ただただ証明の為だけに自分の番号を探していた。
「ない……?俺の……俺の番号がない……?」
十五歳の冬、青年は生まれて初めて挫折というものを味わった。
高校はどうせ受かると思っていたため、周囲の勧めを断って滑り止めを受けていなかった。その為、再募集も条件を満たしていなかったため、どこの高校に入ることもできなかった。
青年は、天才から高校浪人生に成り下がったのだった。
それからというもの、青年の生活は荒れた。それはもう、目も当てられない程に。
心の平静を保つために、全ての原因が社会にあるんだ、と自己暗示をかけた。そして、その結果できた人格は、社会不適合者そのものだった。
一日の大半は自分の部屋に引きこもり、ネットサーフィン。言葉を交わす相手は、青年の受験失敗後に離婚して、一人で一家を養っている母親のみ。それも、青年から発せられる言葉は怒号ばかり。
自己暗示後の青年にとって、社会も母親も、等しく敵であった。
そんな生活が数年続いたある日、転機が訪れる。
青年は、不思議な夢を見た。
何もない真っ白な世界。
そこで、正体のわからない“何か”にこう告げられる。
「君に与えられた力……それは『炎』」
何の事か青年はさっぱり分からなかったが、それが確かに『夢』であることだけは理解できた。
そして、目が覚め、再び同じような日常を繰り返す。
――はずだったのだが、異変は最早日課となっていた母親との喧嘩で起こった。
「そろそろ、社会復帰の準備でもしない?」
「うるさいなぁ!何度も言ってるけど僕はこの現状で満足してるんだ!放っておいてくれ!」
ほぼ毎日、口癖のように言ってくる母親にいつものように強い口調で反抗する。
「そんなこと言っても、いつまでも引きこもれる訳じゃ無いんだよ?お母さんも、いつかは死ぬんだから、それからどうやって生活するの?」
「あぁ!もううっさいな!」
いつもならすぐに部屋から出ていく母親も、その日だけは何故かくどく接してきた。
そんな母親にイライラして、無造作に伸びた長い髪をくしゃくしゃと掻き毟る。
『君に与えられた力……それは『炎』』
突如、ふけの残る青年の頭に夢の中の言葉がフラッシュバックする。
「そうだよ……。それなら、俺の世界にすればいいじゃないか」
独り言のようにボソボソと呟く。同時に、心に掛かっていた“何か”が外れる。
「お前も!この社会も!何もかも!焼き尽くされてしまえ!」
「お母さんに向かってその態度はな……え?」
青年が左手を母親に突き出すと同時に、青年の左手から灼熱の炎が噴き出す。
その炎は母親を飲み込むと、そのまま飛散し、家全体へと広がる。
「ククク……、ハハハハハハハハh……ゴホッゴホッ」
炎に包まれる中、青年は悟る。自身に与えられた力で、社会に復讐しろ、と神に言われているのだと。
勿論、それは全くの思い違いなのだが。
――――――
「――これが、今までの僕の人生さ」
青年が話し終わったのは、既にタイマーが『0:00』になってから、五分ほどが経過
した頃だった。
ちなみに、裕也はというと――
(暑ぃ……。暑すぎて、タンパク質の分解が始まりそう……)
限りなくどうでもいいことを考えていた。
「そういえば、もうタイマーはゼロになってるけど、あいつらの方のゲームは大丈夫なのか?」
「あぁ、勿論大丈夫だよ。僕が忘れてても、タイマーの終了と同時にゲームを始めるように設定しといたから、心配しなくても今頃全力で鬼ごっこに興じてるはずだよ。最も、それだけの余裕があれば、の話だけどね」
裕也が、青年の過去談に全く触れないのは、全くもって心に響かなかったからである。
むしろ、話の内容からして母親が哀れで仕方がなかった。
「じゃあ、そろそろゲーム再開といこうか」
「その前に、一つだけ質問していいか?」
「いいよ。何せ、僕は寛大だからね。特別になんでも答えてあげるよ」
裕也が、さっきの過去談で唯一引っ掛かったもの――。
「その夢で能力がどうたら……、とかいう話があったけど、どうやって能力を使ったんだ?」
「そんなことを聞いてどうするんだい?でも、冥土の土産に教えてあげるよ。心の中で炎が燃え上がるような感覚を感じて、それを外に解き放ったら使えた、それだけさ。まあ、最初以降はちょっと意識するだけで使えるようになったけどね」
青年は、大振りな身振り手振りで表現しながら質問に答える。
「じゃあ、もういいかな?」
「あぁ、もういいよ。全くもって、時間の無駄だったよ」
裕也がそう呟いた直後、五メートルはあったであろう裕也と青年との間合いが一瞬でゼロになる。
「ごふぁ、っ!?」
青年が裕也を認識したのは、既に裕也の右拳が青年の鳩尾に打ち込まれた時だった。
「なっ……な、何をした!?」
「さっき、お土産を頂いたからね。お礼に俺からも教えてやるよ。寛大なお兄さんは、『炎』を操れるんだったっけ?生憎、俺は『時』を操る能力を持ってるんだよね」
腹部を抱えながらふらふらと後退する青年を見て苦笑しながら「今知ったんだけど」と言葉を続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます