第1章 炎に包まれし町

第5話 始まりは突然に

「ただいま〜」


裕也が家に入ると、リビングから千佳が顔だけをヒョコっと出した。


「お兄ちゃん、おかえり!丁度今、お昼御飯作ったところだから、早く上がって!」


時計の短針は、まだ十一と十二の丁度ど真ん中辺りを指していたが、そんなこと御構い無しに、千佳は台所から黄色い楕円形の物体が乗った皿をドヤ顔で裕也に見せつける。


「じゃじゃ〜ん!オムライス!作りたてだから、美味しいよ!」


昨夜、今朝とは別人格のような、とても気の利く妹になっていた。

ちなみに、こちらが通常時である。



「いただきます!」

「いただきま〜す」


裕也が荷物を片付けてる間に、千佳がテキパキと食事の用意を済ませたため、二人はすぐに食事にありつけた。

なんだかんだで、裕也も朝御飯がおにぎり二個程度だったため、かなりお腹が空いていた。


「ほうひえふぁ!」


「飲み込んでから喋れ」


モグモグ……ゴクッ!


「そういえば!さっきね!ふうふふぇふぃいふぁんふぁへほ」


「だからと言って喋ってる間に口に掻き込むな。飯は逃げないんだから」


裕也が、呆れたように再度注意する。


「そういえば!さっきね!ニュースで見たんだけど、事故とかいっぱい起きてるらしいよ!」


内容とは裏腹に、元気な声で言う千佳。


「まあ、そりゃあ、世間様も忙しい時期だし、事故が多くなるのも仕方ないだろ」


どうせ、そんな事故が起こるような人混みの多い場所に行ったりしないから、無関係だろう、と考えた裕也は、特に深く考えることなく、千佳の話をスルーした。


「ご馳走様〜……。ちょっと眠いから寝るわ……」


「りょ〜かい!昨日のお礼に、家事はやっとくから!」


「……さんきゅ」



二階の自分の部屋に入り、そのままベッドにダイブした。


(てか、今日の家事当番、そもそも千佳じゃなかったっけ……)


そんな疑問が頭に浮かぶが、直後、襲いかかる睡魔に抗えず、裕也は眠りの海に沈んだ。


――――――


『――り返します。ただいま、町内で火災が発生しています。消防車が駆けつけておりますが、大変大きな火災のため、付近にいる方は、直ちに指定の避難所まで、避難してください』


町中に鳴り響くベルの音に驚き、目が覚める裕也。

多少パニックになるが、どうせパニックになってもいいことない、と考え直し、現状確認をしようとする。

パニックになって、そう考えられるのは、パニックではないと思う。だが、裕也とはそう言う人物なのだから仕方がない。


「ん?まだ夕方か?」


窓を見ると、残照のような仄かな光が景色を照らしていた。

ベッドは高いところにあるため、空は見えないが、その様子からして、夕方といって良かった。

しかし、壁にかけられた時計を見ると、短針は一時を指している。


「どう言うことだ?」


不審に思った裕也は、ベッドから降り、窓を開けて辺りを見渡してみる。


「――なっ……!?」


窓を開けて空を見ると、瞳孔の様に真っ暗な景色が空一面に広がっていた。

下を見ると、寝る前まであった町の風景とは打って変わって、住宅が密集していたはずの場所は、文字通り、火の海に包まれていた。

その炎は、既に家の前の道路を挟んだところまで接近しており、裕也にとって、さっきの放送はとても他人事のものではなかった。


「そういえば、さっきの放送……『町内で』って言ってたな。普通なら、もっと地域を絞るはずだし……。ってことは、町内全域で火災が起きてるってことか?『大変大きな』ってレベルじゃねぇよ……」


放送に文句を言いながら、裕也は隣の部屋で寝ていた千佳を起こさない様に背中に負ぶう。流石に中学三年生だけあって、非体育会系の裕也には少し堪えるが、体に鞭を打って、急いで家から出る。


「――暑っ!」


ドアを開けると同時に、熱風が吹き込む。

まだ春先だと言うのに、夏と錯覚してしまうくらい、外は滅茶苦茶暑かった。


「あ、ユウくん!ど……どうしよう!」


そこに、息を切らした結衣がタイミングよく合流して来る。かなり焦っているが、こちらが人として正常である。裕也が異常なだけである。


「おぉ、滅茶苦茶慌ててるなぁ。とりあえず、一旦深呼吸しろ」


「すぅ〜……はぁ〜……、うん、ちょっとは落ち着いたかも」


「で、どうしたんだ?」


「えっとね、ユウくんもさっきの放送聞いてたでしょ?で、ここから一番近い避難所って言ったら、私達の通ってた中学校なんだけど……」


そこまで言って、何故か言葉を詰まらせる結衣。


「じゃあ、今からそこに避難するか」


「それがさ、今、周りを見てきたんだけど、全部……炎に囲まれてて、避難できそうにないんだよ」


「全部って……、全部?」


「うん、全部」


結衣曰く、町内を覆うような形で炎が周囲を囲んでるため、町の端にある中学校まで行くには、炎を通らないといけない、とのことだった。


「どうしたもんか……。なあユイ、ここから行ける範囲で、一番高い所ってどこだ?」


「え?確か……3階建てのデパートがあったと思うけど……そんなこと聞いてどうするの?」


「高い所なら、炎がくるのに時間がかかるだろうし、屋根がなければ煙も充満しないから、ここでじっとしておくよりも助かりやすいかなって思ってさ」


「あ〜、確かにね……じゃあ、そこまで急いで行こう」


「ちょ……ちょっと待って……そろそろ限界……」


結衣が「何が?」と聞き返そうとするが、その様子から察する。


「仕方ないから、私がちーちゃんを負ぶって行くよ。ユウくんより私の方が体力あるし」


「す……すまねぇ」

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