第3話 予兆

『間も無く電車が出発します。危ないですので、黄色い線の内側からはみ出さないようにしてください』


無慈悲にも、彼らが乗る予定だった電車は、彼らが駅についたと同時に出発したのだった。家を出発したのが五十三分だったのだから、仕方ないのだが。


「結局、間に合わなかったねぇ……」


「ごめん、俺のせいで」


「別にいいよぉ。机で寝てたってことは、ちーちゃんの宿題の手伝いでも無理矢理やらされてたんでしょ?ちーちゃん、昔から宿題溜める癖あるし」


「まあ、大体……っていうか、まんまその通りだな」


「ふっふ〜ん!伊達に幼馴染を10年以上やってると思わないでね」


えっへん、と胸を張る結衣。千佳と違い、普通に、いや、かなり大きな山が二つ視界の端で揺れ、無意識に裕也の目がそちらに向く。


(こうやって見ると、見てくれはいいんだよなぁ。極度の人見知りで、そういういいところが相殺されてるから台無しなんだけど)


「今、絶対ひどいこと考えてたでしょ。ユウくんの考えてること、だいたい分かるんだからね?」


どうやら、結衣は幼馴染の考えている都合の悪いことは読めても、都合のいいことは読めないらしかった。


「それにしても、今電車出たから、三十分も待たないと行けないのかぁ……暇だねぇ」


「そうだな。こうなるんだったら、家で飯食ってくれば良かった」


裕也は、ホームにある椅子に座ると、家を出る直前に千佳が渡したおにぎりを鞄から取り出した。ちなみに、裕也たちの高校は、今日は昼までに終わるため、昼飯は家で食べる予定だった。勿論、千佳もそれを知っていたので、事前におにぎりを用意していたと言うことは、お察しくださいである。


(寝坊しそうなのがわかってるなら、おにぎり握るんじゃなくて、起こしてくれよ……。気が利くのか利かないのかよく分かんないな)


「あ、そうそう。そういえば、今日、変な夢見たんだよねぇ」


「ん?どうしたんだ、唐突に?」


「いやぁ、待ってる間暇だから、何か話すことないかなーって思ってさ」



――結衣が見た夢は、簡潔にまとめるとこんな感じだった。

気がつくと、目に見える限り、全てが真っ白な世界にいた。どうして自分がここにいるのか、と困惑していると、いつの間にか目の前に人の形を模した“何か”が現れ、こう言った。

「私は君であり、この世界の命あるものを支配する力を持った存在。私を手にした君には、あらゆるものを癒すことが可能だろう」

続けて、その“何か”はこう言った。

「君に与えられた力……それは、『生命』」



ブフォッ!

その話を聞くや否や、裕也は口に含んでいた米粒を盛大に吹き出した。


「え⁉︎どうしたの、ユウくん!?大丈夫!?」


「い、いや……、すごい偶然だなって思って」


裕也のその言葉の意味がよく分からず、結衣は首をかしげる。


「あぁ、いや。気にしなくていいよ。ただの独り言だから」


特に気にする事ないか、と考えた裕也は適当にはぐらかして、会話を中断した。

結衣の方も気になりはしたものの、裕也が話す気がないのを悟ってか、言及しようとはしなかった。


何故なら、二人ともそれどころではなかったからだ。

今の今まで二人とも目を背けていたが、遅刻という事実は変わらない。

せめてもの抵抗に、何か上手い言い訳でも考えとこう……、という思考が一致した結果だった。

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