16 バトル(メドレー)

 1stステージ。

 昨夜の興奮冷めやらぬ、あるいはその噂を聞いて訪れ、あっという間に店内を埋め尽くした客を少し落ち着けるため、スローバラードから始めた。

 そこから徐々にテンポを上げていく。

 客の反応を見るに、やはりロック系の受けが良さそうなので、とりあえず60~70年代あたりの名曲をメドレーで弾きつつ、即興でアレンジを加えて客を盛り上げていく。

 1時間ほど弾き続け、まだまだ満足できていないことをわかった上で蔵人はいったん退場した。


 そこから15分ほど休憩を挟み、店の注文がある程度落ち着いたところで2ndステージへ。

 最初からアップテンポのロック、ポップスを中心に攻める。

 日本人なら誰もが知るようなベタな選曲も、ここの人たちからすれば新鮮この上ないのだろう。

 狙い通り一番盛り上がったステージだが、ここは30分強と少し短めに切り上げた。

 そして休憩も30分と少し長めに取った。

 それにより、少しずつ客が帰り始めた。


 3rdステージはミドルテンポのロックから始めて、90年代のヘヴィ・メタルへ。

 メタルといってもピアノだけだとアレンジ次第では、少し退屈ながらも聞き安い音楽となる。

 そこからさらに変拍子などを多用するプログレッシブロックへと移行した。

 難解な曲調に混乱した多くの客は、長時間ピアノを聞き続けていることもあって疲れが出始め、このあたりで立ち見客のほとんどが店を出た。

 営業時間内に客を帰すのも、バー付きピアニストの仕事だ。


「次で最後かな」


 そう呟きながら、蔵人はホールに出た。

 少し落ち着いた、温かい拍手や声援を受けてピアノの前に座る。


(さぁ、そろそろおやすみの時間だ)


 ムーディーなブルースを滑らかに弾く。

 起伏の乏しい、流れるようなリズムとメロディによって、実際その場でウトウトする客も出始めた。

 まさにBGMといった具合に、展開の少ない単調な曲をしばらく弾き続けることで、客の意識の一部は同行者との会話や食事、飲酒に向けられ、店内は少しだけ騒がしくなってきた。


「ライザ! ライザはいるかっ!!」


 そのとき、突然ひとりの客が飛び込んできた。

 一瞬気にはなったが、この程度で演奏を止めていては、バーで演奏などできない。

 気にはなったが無視して弾き続けた。


 それから男はカウンターにいるライザに詰め寄った。

 なにか言い争っているようだが、聞こえてくるライザの口調が明らかに不機嫌であることはわかった。

 そのとき、蔵人の口元に人の悪い笑みが浮かんだ。


**********


「お、おい……なんか変じゃないか?」

「そうだな……。なんつーかあのふたりのやりとりから目が離せねーっつかー」


 客のほとんどが、乱入者である銀髪の美青年ウィードと、女主人ライザとの口喧嘩――といってもウィードが一方的に詰め寄りライザはあしらっているだけだが――に注目していた。

 最初は男女の諍いということで、多くの客はそちらを気にしながらも蔵人のピアノを注視していたが、いつからかふたりのやりとりが妙に気になり始めたのだ。

 やがてクスクスと馬鹿にしたような笑いが起こり、さらには野次が飛び交い始めた。


 原因は、蔵人のピアノにあった。


(ふふ、存分に戦ってくれよ……!)


 言い争いを始め、ライザが相手をあしらおうとするのを察した蔵人は、正体不明の闖入者を思い切り茶化してやることにした。

 少しずつテンポを速め、リズムを単調にし、起伏を大きくする。

 徐々に曲調が替わり、どこにでもあるようなロック調の曲で少し場をならしたあと、蔵人は有名RPGのバトル曲をメドレーで弾き始めたのだった。


 8ビットゲーム機時代、貧弱なグラフィックしか表示できない当時のゲーム演出は、テキストと音楽の比重が非常に大きかった。

 とはいえノイズと信号音に毛が生えたような音質、少ない和音、データ容量の都合で短くせざるを得ないループといった劣悪な環境のなか、それでも当時のコンポーザーたちはゲームの世界を盛り上げるべく、多くの名曲を生み出した。

 単純明快でありながら、RPGの肝となるバトルシーンを的確に演出する音楽は、あらゆる世界、あらゆる時代の人をも高揚させる力がある。

 彼の巧みな選曲と演奏によって演出されたことで、多くの客はウィードとライザの口喧嘩に注目するようになったのだ。


 ふたりの呼吸に合わせ、テンポや拍子をアレンジする。


「なぜ僕の想いが届かないっ!!」


 ときにブレイクを入れてセリフを強調すれば、客からは笑い声や歓声が巻き起こった。

 蔵人の意図を察したライザも、口元に苦笑を浮かべながら、ウィードをあしらっていく。

 ひとつの作品にこだわらず、ときには別作品の曲へと移行していくそのメドレーは、蔵人と同年代のゲームフリークが聴けば涙を流して喜ぶような、見事なアレンジだった。


「くそ……おい、お前っ!!」


 ほどなく、自分がコケにされていたことにウィードが気付いた。


「おい、やめろ……っ!!」


 どうやら男の意識が自分に向いたことに気付いた蔵人は、バトル終了時に流れる勝利のファンファーレを弾き始めた。


「いますぐ演奏をやめろっ!!」

「ちょとウィード! 待ちなっ!!」


 ズカズカと近づいてくる男の足音に気付きながらも、蔵人は無視して弾き続ける。


「やめろと言っている!!」

「ぐぇっ……!」


 おまけとばかりにレベルアップのジングルを弾き始めたところで、襟を掴まれた蔵人は、弾き終える前に引き倒された。



「ててて……」


 椅子から強引に引きずり下ろされた蔵人は、仰向けに倒れて軽くうめきながら恐る恐る目を開いた。


「お前……馬鹿にしやがって……」


 そこにはフィルと異なるタイプの細マッチョなイケメンが、憤怒の形相で蔵人を見下ろしていた。


「ウィード! それ以上は洒落になんないよっ!!」

「うるさぁいっ!!」


 大声でライザを牽制したウィードは、蔵人の襟首を掴んで彼を引き起こした。


「ピアノ野郎……お前……お前が……」


 ライザよりも少し暗い褐色の肌は紅潮し、蔵人に向けられたわずかに青みがかったグレーの瞳は小刻みに揺れ、白目は赤く充血していた。


「お前がライザをたぶらかしたのかぁっ!!」


 しんと静まりかえった店内に、ウィードの声が響き渡った。

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