第5話

 すっと目を細めて、かずみは言った。

「どっちが好きなの?」

「は? 何が?」

 澤田は花火に気を取られているようで、かずみの変化に気が付かない。呑気に言った。

「花火の種類か? それはよく判らないなあ」

「違う。私ともう一人、付き合っている人のこと」

 澤田はかずみをようやくみつめた。

「……何だよ、それ」

「知っているの。芳樹に本命の彼女がいること」

「へえ、そう」

 不意に柔和だった澤田の表情が変わった。かずみを蔑むように見て笑う。

「だから、何?」

「え……」

「うん。彼女、いるよ。だから?」

「だからって」

「あのさ、俺はお前のこともちゃんと好きなんだよ。それでいいじゃん」

「……何がいいの?」

「お前は俺のこと、嫌いなの?」

 ぐっと言葉に詰まる。迷ってから彼女は言った。

「好きだよ」

「なら、いいだろ、このままで」

「好きだから、このままじゃ嫌なのよ!」

「我儘だな」

 は?

 呆気に取られてかずみは澤田をみつめた。

 今、この人、何て言った?

「なあ、かずみ」

 甘える声で名前を呼ぶと、澤田は不意にかずみの手を取ると引き寄せ、強く抱きしめた。

「ちょっ、芳樹……!」

「すげえ好きだよ、かずみ。このままでいいだろ? な?」

「……どうしてだろ」

 彼の胸に顔をうずめたまま、悲しげにかずみは呟いた。

「あんたって最低なのに、嫌いになれない……悔しい」

「え? 何?」

 ぐいと澤田の体を押しのけると、かずみは言った。

「一発、殴らせて」

「ああ? 何だって?」

「これから、私とこのまま、ずっと一緒にいたいなら殴らせて」

「このまま?」

「うん」

「このままでいいんだな?」

「いいよ」

 にやりと笑う澤田の横面を、いきなりかずみは拳で思い切り殴った。ごつんという重い音が辺りに響き、不意打ちだったため、澤田はよろめいて尻餅をつく。

「痛ってえ! 今、火花が散ったぞ!」

「もし」

 かずみは赤くなった自分の拳を撫でながら、彼を見下ろすと言った。

「あんたがちゃんとどちらかを選んでくれていたら……私じゃなくても、どちらかを選ぶって言ってくれたら、私はあんたに教えてた。ここにいてはだめだって」

「……え。何? 何て言った?」

「……なんでもない」

 不意に微笑むと、かずみは彼の傍らに跪き、そして抱きついた。

「一緒にいようね。ずっと。これからもずっとだよ」

「何だよ、甘えて。ま、いいか。誰も見てないしな」

 笑いながら澤田も彼女に応じるようにその体を抱きしめた。

「お前は本当に可愛い女だよ」

 澤田が密やかに笑ったその刹那、すぐ近くで轟音と共に火花が散った。何が起こったのか判らないまま、ごうと強い炎がふたりをなぶる。

「か、かずみ!」

 澤田が必死に名前を呼んで、炎から彼女を守るようにぐいと体を回転させた。そして突き飛ばす。

「逃げろ!」

 地面に転がされたかずみが振り向くと、澤田が今、まさに炎に呑まれるところだった。

「芳樹!」

「来るな!」

 かずみは首を横に振り、構わず澤田に駈け寄った。

 そして二回目の爆発が起きた。たちまちかずみは炎に押し倒され、澤田と共に爆音の中に姿を消した。

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