第4話
「え?」
「さて、いい頃合いかな」
僕は作業台から彼女のために作った地図をさらりと取り上げた。
「では、どうぞ」
「ああ、きれい」
僕の力作を、彼女は嬉しそうに褒めてくれた。
「こんなに地図がきれいなんて、知りませんでした」
「僕が作りましたからね、あなたのために」
「まあ」
ふふと彼女は可愛く笑った。
「なんだか
「これは失礼。……では、この地図をよく見て、駅から道に迷わないように慎重に歩いてください。この地図の通りに歩いて行けば、あなたの行きたい十年前の夏祭りの日にたどり着けます。そこにあなたを待つ彼がいるでしょう。ご武運を」
「……はい。ありがとうございます」
彼女はソファーから立ち上がると、僕に真摯な表情で頭を下げた。そして、しばらく地図に目を落とした後、それを丁寧に畳んで帯の間にしっかりと挟んだ。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
僕は小さく手を振って、彼女を見送った。
ドアを閉めてから、少し考える。
十年前の桜川の夏祭り。
何だか引っかかるので、僕は机の上にある、どうやらまだ何とか動く古いパソコンを起動させ、検索をしてみた。
十年前 桜川 夏祭り
そのワードに引っかかったのは……。
「ふうん、そういうことか」
僕は小さく、溜息をついた。
「かずみ」
呼ばれて彼女は、地図から顔を上げて相手を見た。彼は待ち合わせ場所の桜の古木の前で、濃紺の浴衣姿で笑って手を振っている。
ああ、本当にいた……!
伊藤かずみの胸はとくりと鳴った。
まったく変わらない彼の優しい顔。笑うと目じりが垂れて目がなくなってしまうところも同じだ。
ここは……十年前?
思わずあたりを見回してみる。それを証明するものはこの桜川の河川敷には見当たらないが、しかし、目に前にいる高校二年生の
すごい。
やっぱり、あの地図屋さんは本物なんだ。
あの噂は本当だった。
それはいわゆる都市伝説として、巷に漂っている噂だ。
その地図屋に行けば、過去に戻る地図を作ってくれる、と……。
「かずみ? おい、どうした?」
「え? あ、なんでもない!」
慌てて、地図を畳んで帯に押し込む。誰にも見せてはいけないという約束がある。
怪訝そうに澤田はかずみを見たが、すぐに笑って彼女の肩を軽く叩いた。
「良かった。来てくれないかと思った」
「え。どうして?」
「うーん、なんとなくだけど、最近、お前、冷たくね?」
「そうかなあ」
とぼけてかずみは自分の頬をそっと触る。そしてぎくりとした。ふっくらとした肌触りがいかにも若い。
……あ。そうか。今、目の前にいる同い年の澤田芳樹が高校生なのだから、当然、今、私も高校生。すべてが十年前に戻っているんだ。
鏡が手元に無いのが残念。
そう思って、かずみが笑っていると、澤田が不思議そうに顔を覗き込んで言った。
「何? お前、今日、変だぞ」
「え。ああ、ごめん」
「何かあったのか?」
「何か……?」
かずみは、はっとしてにやけた表情を引き締めた。ここにわざわざ戻ってきた目的を思い出したのだ。
「あのね、芳樹。私、言いたいことがあってここに来たの」
「お? 何だよ、改まって。でもさ、そろそろ花火の打ち上げが始まるから、後にしねえ? ほら、花火師の人たちが動き始めているだろ」
そう言って、芳樹はすぐ近くで花火の打ち上げ準備に忙しそうな花火師たちを見た。
「ここ、穴場なんだよ。みんな、川の向こう側に行くんだけど、ここからもきれいに見えるんだよな。人少ないし、いい場所だろ? 静かにしてろ。みつかったらあの人たちに仕事の邪魔とか言われて追い出されそうだろ」
「そうね」
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