第21話 夏休み
しばらくして、待ちに待った夏休みがやってきた。
この夏休みはライブハウスでのバイトと軽音楽部の練習、夏休みの最後にはメインイベントの夏フェスを控えていた。
「マジ、楽しみなんだけど!!」
「それ、聞くの152回目だな」
「だって、楽しみなんだから仕方ないじゃん!」
「まあな」
俺たちは、毎日、何度も夏フェスのことを考えては幸せに浸っていた。
そんな俺に不満を抱いている人がいることも気付かずに…。
「ねえ、快都。たまにはどこか出かけたりしようよ?」
彼女の高坂郁奈が、ふてくされたような顔で言う。
「郁奈も一緒に行くか?夏フェス」
「行きたい…けど、そうじゃなくて」
「ん?」
「その…デート、とかしたいなって」
俺たちは、付き合ってから恋人らしいことをまだ何一つしていなかった。
郁奈が不満に思うのも無理はない。
いつまでも、ウジウジしてんな、俺。
「夏祭り、行こうぜ」
「うん、行きたい!!」
俺と郁奈は週末に行われる夏祭りに行く約束をした。
その日、俺は駅前で郁奈と待ち合わせをしていた。
サプライズのつもりだろうか、普段は着ない甚平を着て。
やがて、浴衣を着た郁奈がやってきた。
「お待たせ」
「おう」
郁奈は学祭のときとはまた違った雰囲気の、濃紺に水色の朝顔が大きく描かれた浴衣を着ていた。よく似合っている。
「似合うな」
「あ、ありがとう」
俺が素直に褒めたことに少し驚いた様子の郁奈。
そうして俺たちは駅からの道を歩き出した。中央商店街の両脇の沿道にたくさんの出店が並んでいる。ぶらぶらと歩きながら、出店を見て回る。
その日は最終日の日曜日だった。小学生の子供たちのはしゃぎ声や、酒を飲んで盛り上がる集団の賑やかな声があちこちから聞こえてくる。
しばらく歩いていると、急に狭い路地に人並みが押し寄せてきた。はぐれないように郁奈の手をギュッと握る。初めて握る郁奈の手はほんのり温かかった。
俺たちはかき氷を買って、近くの植え込みの脇に座ることにした。
俺がブルーハワイで、郁奈がいちご。
「一口、ちょうだい?」
俺が食べ始めて少しして、郁奈が尋ねる。
家族以外に一口欲しいなんて言われたのは初めてで、何だかドキドキしてしまった。
「んー、おいしい!」
ブルーハワイを一口頬張り、嬉しそうな郁奈。
それから、たこ焼きやチョコバナナを食べたり、射的や、弟たちへのおみやげのスーパーボールすくいをして遊んだ。
その後、俺たちは花火大会に合わせて高台の見晴らしがいい場所に移動をした。
午後7時半を回り、花火大会が始まった。ドーンと大きな音が辺りに響く。
「綺麗…」
打ち上げ花火をうっとりと見上げる郁奈の横顔をジッと見つめる俺。
幸せそうなその顔を見ていると何だかたまらなくなって、思わず、郁奈の頬にキスをした。
ハッとしたような顔で頬を赤らめる郁奈がそっと伺うように俺の方を見たタイミングで、今度はちゃんとキスをした。
短く儚いけれど、永遠にも思える時間だった。
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