第11話 進路

2階に着き、3年生の教室を見て回っていると、突然、廊下の真ん中でうさぎの着ぐるみにからまれた。目の前に現れた瞬間、俊敏な動きで回り込まれて後ろから羽交い締めにされた俺は思わず小さく悲鳴を上げた。


「快都!」

「おのれ、うさぎめー!おうちゃんを離せ!!」


僚一がうさぎにパンチやキックで応戦した。うさぎの動きが鈍くなる。

羽交い締めにしていた手が緩み、体が自由になる。


「何だよ、いきなり…」

「このうさぎ、誰?」


「お前ら、ちょっとは手加減しろって…」


うさぎの被り物を脱いで現れたのは、三上先輩だった。

久しぶりの再会。にしては、妙なシチュエーションだが。


「三上先輩!!」

「何で、屋上に来ないんですか?」

「待ってるのに!」

「悪かったよ。今、色々、忙しくてな…」


三上先輩は濁すような口調でそう言った。


「屋上には、しばらく行けそうにない」

「えっ、じゃあ、今って何してるんですか?」

「授業に出てるよ」

「えー!」

「こうやって、学祭にも参加してる。意外だろ?」

「はい」

「はい、ってお前」


三上先輩はハハッと笑った。何だか、別人にでもなったみたいに明るかった。



「俺な、目標ができたんだ」


三上先輩は今、毎日登校して、真面目に授業にも参加しているらしい。

目標というのは将来の進路のことで、三上先輩にはなりたいものがあるという。


「何になりたいんですか?」

「医者」


俺たちの誰もが予想していなかった答えが出て、一瞬、全員が静まる。


「医者!?」

「これから医学部を目指すってことですか?」

「ああ」


三上先輩の目は真剣そのもので、冗談というわけではなさそうだった。


「うち、親父が医者なんだよ。ずっと、跡を継げって言われてたんだ」


そんな物語の主人公みたいな話、本当にあるんだなと思った。


三上先輩のお父さんは、市内で三上医院という曽祖父の代から続く病院を経営していて、先輩の15歳上の長女も医師、12歳上の次女も看護師、と市内でも有名な医療一家らしかった。そこに生まれた待望の長男が三上先輩だった。


小さい頃から両親の期待を一心に受けて育てられてきたのだろう先輩は、その期待に反して成績が思わしくなかった。中学受験に失敗してからは、明らかに両親の態度が変わり、高校も市内で一番の高校に不合格になって以来、両親からは何も言われることがなくなったという。


高校に進学してからは、先輩自体の意欲も見るからに下がり、やがて授業に出ることもなくなってしまった。それからは何度も留年を繰り返し、今に至るというわけだった。



「それが、何で急に?」

「俺にもよくわからねえんだけどな…。何か、やってやるって気持ちになってな」

「先輩、頑張って!!」

「ありがとな。じゃあ、俺、クラスに戻るわ」


うさぎの被り物を頭に被り直した先輩は、右手を上げてクラスに戻っていった。

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