第5話 顧問

岸田がようやく屋上に来た頃には、もう6月末になっていた。

7月には学祭がある。そこで、ライブを披露するというのが俺たちの目論見だった。


練習らしい練習も進まないまま、日にちだけが過ぎていくことに俺は焦りを覚え始めていた。


「そういえば、軽音楽部に顧問っているんですか?」



最近の俺たちは、軽音楽部で集まって屋上で昼食を食べるのが常になっていた。


「いないな。今は幽霊部みたいなもんだし、元の顧問は3月で転任したからな」

「えー、じゃあ、これからの活動ってどうすればいいんですか?」

「知らねえよ、俺に聞くなよ」


相変わらず、三上先輩はぶっきらぼうだ。


「みかん太朗先輩ってば、適当なんだから」

「誰がみかん太朗だよ」

「みかみかんたろう、先輩でしょ?だから、みかん太朗先輩」


宮村は相変わらず、怖いものなしだな。


「じゃあ、顧問を探すのが先決ですね」


まとめ役の昂が言う。

岸田は大体黙っているのが、いつものことだ。


「誰か、いい先生いないかなー?」

「音楽の先生は?」

「あいつは好きじゃない」

「先輩の好き嫌いの話ししてんじゃないんすよ!とにかく、学祭までに誰か探さないと…」


そこに、ふらりと人影が現れた。


「あっ、ふじやん!」


宮村が声を上げる。新任の数学教諭の藤永陽也ふじながはるや先生だった。


「お前ら、ここで何して…」

「先生こそ」

「タバコでも吸いに来たんですか?学校は禁煙ですよ」

「い、いや別に」


怪しい。そもそも、教師が屋上に来る理由なんてそう多くはないはずだ。


「ふじやんに顧問になってもらえばいいんじゃない?」


めずらしく名案だなと思った。


「ねえ、ふじやんは楽器できる?」

「ギターは昔、弾いてたけど」

「えっ、すごいじゃん!」

「…俺、ここの軽音楽部のOBなんだよ」

「えー!!」


「お願いします!!軽音楽部の顧問になってください!!」


俺たちは一斉に頭を下げた。


藤永先生からの返答はない。顔を上げると、困ったなといった調子で頭を掻いていた。


「俺な、余裕がないんだよ」

「余裕?」

「毎日が精一杯なの。だから、すまん!」

「そこをなんとか!!」

「あのなあ…」

「何がダメなんですか?」

「別に、ダメってわけじゃ…」

「じゃあ、OK??」

「そうじゃなくて。大体、軽音楽部って正式な部として活動してるのか?廃部になったって聞いたけど」

「それなんですけど…。実は軽音楽部、まだ存在してるんですよ」

「部員は俺だけだったが、こいつらが入部して今は5人いる」

「いないのは、顧問だけなんです」

「だから、お願いします!!」


ついに俺たちの熱意に根負けしたらしい先生は、ため息をついてこう切り出した。


「練習場所、教えてやるよ。ここじゃ、デカい音出せないだろ」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る