エデン

かん

エデン


暗い、暗い部屋だ。


窓も無く、閉塞感で満ちる暗い部屋。


薄ぼんやりと天井が発光している。


中央には天蓋の付いた大きなベッドが置かれてあり、女が一人寝ていた。




美しい。一枚の宗教画のような美しさだ。


思わず息を呑む。


きっと魅入られたのだろう。


彼も彼女も私もあなたも、魅入られてしまった。もうどうにもならない。


誰か一人が残るまで、あの日常を取り戻すまで。




否、日常は戻らない。


歪に歪んだ私達の過去は


絶対に戻らない。


寝台に眠る彼女にさえ戻せない。


帰れない。


先はない。


平穏は戻ってこない。


全員がそれを望もうと。




全てが。


最初から間違いだったのだ。私達は会うべきではなかった、交錯などしていないほうが良かった、彼女に出会わず泥を啜る様な人生を享受していればこんなことにはならなかっただろうか、かれらにこんなにもこころをゆるさなければべつのけつまつがそんざいしたのだろうか、こんなみにくいじぶんなどしらずただわらってすごすことができたのでは




「どうか彼女に触れないで欲しい」




縦に一閃された幅広の剣ががすぐ横を通った。辛うじてかわしたが、相手が殺すつもりできていることは明白だ。




触れないで欲しいだと?どの口が言っているのだ。彼女をこんなにしておいて、殺してやったほうが幸せだろう。こんな男ではなく、私の手によって。




「彼女を傷つけることは貴女の本意ではないはずだ」




黙れ。だれのせいだと思っている。もう彼女は壊れてしまったのだ、殺す以外ないだろう。そうだ、私を見ない彼女など死んでしまえばいい。




いまだに友人面をして気遣うような表情を見せる男の、全てが勘に障る。ひそめられた眉間が、優しげに下がる目尻が、彼女の為の毒を吐き出す口が、全てが、憎い。




「…何も言わないか。まあいい。ここで不確定要素を排除出来るのは大きい」




排除?脱出されるとは考えていないのか?




「どれだけ君達と一緒にいたと思っている、野盗共は殺したさ。ごらん」




ずるり、と血の匂い。




私は声にならない悲鳴を上げ、扉に向かって走った。この部屋と外界を繋ぐ唯一の扉は重く閉じていた。開いているはずだったのに。




恐ろしい、恐ろしい、彼から逃げられないことより、彼女が彼の手に委ねられることが何よりも恐ろしい。




後ろから迫った剣は心臓を一突きに貫いた。




「彼女を殺そうなど、おこがましい」




────────────────────────




部屋には寝台に横たわる女と、傍らに立つ男がいる。


血の匂いは消えていた。代わりに、唾を呑むほどの、食欲をそそる香りが満ちている。




「ほら、口を開けて」




男の差し出したスプーンには何かのペーストが乗っていた。


女は目線だけ動かし、口を開ける気配はない。


男は強引に、女の甘そうな唇にスプーンを押し付けた。わりひらく。男は焦っている様だ。




「薬の影響かな、喉にも力が入らないのかい?入浴と排泄は全部してあげられるけど、食事ばっかりはなぁ。君の肌に注射痕が出来るのは感化できないし」




無理矢理口内に入れられた物を、彼女は飲み込もうとしない。口の端からどろり、と溢れたペーストが伝う。




男がペーストの乗った皿を床に叩きつけた。




「何故食べない!!」




女が急に苦しみ出した。




「わ、悪かった、君の為に言ったんだ、ごめんよ、料理人は別のやつにしよう、今度はサンドイッチをペーストにしてもらおうと思ってるんだ、好きだろう?」




まだ言い募ろうとしていた様だが、女が苦しそうにしているのに気付いたのか、喋るのを止めた。




「待ってて、すぐ医者を呼んで来る」




男が部屋を出ていくと、女はずりずりとベッドの端に向かって移動し始めた。




痩せ衰えてもなお女神の様に美しい女は、美しいままに、

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エデン かん @yukitsubaki6

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