第28話 そしてオブリが魔王になるまでの六百年

 景色の揺らぎが終わった。二人は草原に立っていた。平原の向こうには大きな城のようなものがそびえていた。

「ここはどこだ?」

 オブリは訝しげに呟く。見知らぬ場所だった。城は魔王城のように見えるが、似て非なるものだ。城下町らしきものが存在しない。

「お、終わったのね。景色がゆがんでない。魔王城……ではないわね……どこ? ……平原?」

 ドレスがぽつりと呟く。

「時間が戻ったのか? いや戻ったとしたら、どうしてボクとお前は同じ場所にいる? 何日戻ったかは分からないが、違う場所に……それぞれの場所に飛ばされるはずだ……時間が戻ったとしたら……その戻った時間にいた場所に」

「そうよね……そのはず……そもそも、私たちは本当に時間をさかのぼったの? どこか別の場所に飛ばされただけなんじゃない?」

 ドレスが言う。確かに。言われてみればそんな気もした。

「手がかりが欲しい……ここはどこだ」

「あの、城に行ってみれば……何か分かるんじゃない?」

 ドレスが提案をする。憎き敵同士であるにもかかわらず、今は戦う気にはなれなかった。状況が知りたい。

 二人は無言で歩き出し、城へと近づく。数分歩くと、すぐさま大きな城がその全容を露わにした。黒を基調とし紫の補色が、おどろおどろしく黒と調和している。

「魔王城よね? でも、私や勇者が攻め入ったそれとは違う気がする」

 ドレスとオブリは魔王城をつぶさに観察した。

 確かに魔王城だ。歴代魔王は威圧感と恐怖を煽り立てる雰囲気や色、彫刻を好む。黒や紫などの色が建築物に使われることが多く、アイリスが魔王であったころの城も、紫色の基調としていた。

 だが、この城はアイリスの魔王城ではない。城下町がない。あったとしても、おそらくその規模は小さい。

「城門に魔物がいるわ」

 ドレスが指さした。確かに城門らしきところに魔物が二体、ガーゴイル種の魔物が剣を携え立っている。

 魔物が守る城。そうなるとますます魔王城に相違そういない、ということになる。

「……どういうこと? 魔王領を統括しているのは、魔王一人なんでしょう? それとも過去の魔王城なの……まさか……勇者の父が倒した、魔王イテミラカスの城?」

 魔王イテミラカス。魔王アイリスの前魔王だ。

「いいや、魔王イテミラカスの亡き後、アイリスは同じ場所を拠点とした。ここは魔王イテミラカス時代の魔王城でもないし、魔王アイリス時代の魔王城でもない」

「じゃあ、どこだっていうの? あなたたちの管轄かんかつ外の場所?」

「分からない……ただ……魔物の城と言うならば、ボクがあの中に入るのに何の不都合もないはずだ」

「……そう、それなら私も――」

 ドレスは何か小声で詠唱を始める。それをオブリには聞き取れない。何をするというのか。魔法は刹那に完成し、ドレスは魔法を行使した。ドレスの体が一瞬光瞬き、その体が変化する。羽が生え皮膚が黒い色へと変貌へんぼうする。彼女はサキュバス種のそれへ変化した。

 悪趣味な、とオブリは心の内で思った。己の愛したアイリス、ソヨン、それと同種の姿に変わろうとは。

「行きましょう」

「ああ」

 オブリはしかし憎悪を隠す。今はひとまず、ここがどこなのか確認したいという欲求があった。彼女を殺すのはそのあとだ。

 二人が門番へ近づくと、門番は当然のごとく警戒をあらわにする。

「なんだお前ら、サキュバスにスライム? 変な組み合わせだな」

 ガーゴイルは剣を引き抜いた。

「ねえ、ここはどこかしら?」

 ドレスは背中の羽を閉じ、しなを作った。

「はあ? 何だお前。ここは魔王城だぞ、お前ら何者だ?」

 番兵の二人は鋭い眼光をオブリとドレスに向ける。

「魔王城? 魔王アイリスの城ではないのか?」

 オブリが訊ねると、番兵の二人はオブリを見下ろし奇妙なものでも見るかのような表情を作る。

「魔王アイリス? なんだそれ? お前ら、……なるほど、別の領土のやつか? それならばここを通すわけには――」

 ガーゴイルはすごみを利かせ、オブリとドレスをにらんだ。だが、彼はそれ以上言葉を継げなかった。ドレスの右手から、虹色の輝く光が放出され、ガーゴイルの心臓を貫いていたのだ。そのまま断末魔もあげず、彼は地に伏せた。緑色の血がしたたった。

「な――」

 もう一匹のガーゴイルが腰の剣を手にした。しかし刹那、ドレスは、今度は左手から虹色の光を放出させる。それはやはり心臓をひと突きで穿うがち、ガーゴイルは成す術なく伏せった。どす黒く深緑のような血が地面に染み広がっていく。

「さあ、行きましょう」

 ドレスは事もなげに言う。

「……」

「何?」

「いや」

 魔物が目の前で殺された。しかしオブリは何の感情も抱いていなかった。その違和感に気づく。違和感の意味を深くは考えなかった。

 二人は門を潜る。門の先には城下町が広がっていたが、魔王アイリスの城ほどの大きさではない。できるだけひそやかに城下町を通り抜け、城を目指した。当然全く見つからず魔王までたどり着くなど不可能だ。城下町で五人の魔物をドレスが殺した。城内では派手に暴れ、ドレスが十五人あるいはそれ以上の魔物を殺した。死んだかどうかも分からない魔物も居るので、正確な数は分からない。だが、ともかくたくさん殺した。ドレスがたくさんの魔物を殺した。しかし、しかし、オブリは何の感情も抱かなかった。

 二人は、騒ぎを起こしつつも、魔王の眼前にたどり着いた。ドレスは騒ぎを起こした時点で変化の魔法を解き、人間の姿となっていた。

 魔王は侵入者に対し、実に、冷静に対処した。むしろ、人間という挑戦者に喜びを抱いているようだった。暇つぶしの道具を見つけた喜び、そう思えた。

「人間よ、よくぞ来た……スライムを連れてる? 変わった人間だな」

 魔王は笑う。

 魔王はナイトメア種であった。ナイトメア種は魔物の中でも希少種だった。希少種には二種類あり、天敵や環境変化要因で種を減らし絶滅にひんした者と、強すぎたり寿命が長すぎたりで繁殖の必要性が他種族より薄く元来数が少ない者、この二種類だ。ナイトメアは後者だった。出自は不明。実体という概念に乏しく、常に何らかの物体を媒介にして、存在している。

 媒介自体は単にこの世界に存在するための依代よりしろに過ぎず、媒介を破壊されてもそれは致命傷には至らない。つまるところを言えば、物理攻撃に対して、ナイトメア種は滅法強い。

 今魔王は巨大な鎧を媒介にしているようだった。ドレスの五、六倍の大きさを持っている。オブリから見れば二十倍も三十倍もの巨大な魔王だった。

「魔王だな? 魔王、お前の名は何だ?」

 オブリが口を開く。その刹那、魔王は激昂した。

「貴様……スライムが如き分際で、なんだと! いけしゃあしゃあと、名を訊ねるとは!」

「ボクは訊ねているんだ、お前は誰だ」

「……! 愚弄ぐろうされるとは、こんなスライムごときに愚弄ぐろうされるとは……許しがたい……! 余は、魔王エビルディア。愚昧ぐまいなスライム、そして人間よ。死をもって、己の愚かさを後悔するがいい」

 魔王が吠える。魔王は立ち上がり、玉座に立てかけてあった巨大な剣を引き抜いた。

 魔王エビルディア? オブリはその名前を頭の中で呟いた。記憶をさかのぼる。魔王エビルディア……ナイトメア種……。オブリはその魔王を知っていた。

「どういう事? 魔王エビルディアって何?」

 ドレスが小声でオブリに訊ねる。

「六百年」

「え?」

「魔王エビルディア、六百年前に、魔王となったナイトメア種だ……」

「は? 嘘? 何それ? 六百年? 六百年……?」 

「そんな……」

 もはや絶望的な面持ちでドレスはその場に崩れ落ちる。魔王から見れば、それは魔王の威圧に絶望しただけに見えただろう。絶望の理由は当然、別にあり、それは今の問答で六百年という時間遡行そこうが行われてしまったことが明らかになったのだ。

「今更悔いても遅いわ!」 

 魔王はわらう。

「では、エビルディア……お前はグオチージン……いや未来に行ける方法を知っているか?」

「この期に及んで……お前は……」

 オブリの問いに魔王の堪忍袋かんにんぶくろが弾け飛んだ。大剣を振り下ろす。剣は容赦なく床をくだき、破片が飛び散った。オブリは跳んで避けていた。そして魔法詠唱を始める。

 魔王エビルディアは、魔法詠唱を始めたスライムの存在に少なからず驚嘆きょうたんしたように、困惑の様相を見せた。そして、しばしの逡巡しゅんじゅん。その間、オブリは魔法を完成させ、それは放たれる。

「五つの光と矢よ、全てを穿ち貫け――!」

 現れる五つの光、それらは七色に輝く。

「失われし魔法……」

 ドレスが呟く。オブリが唱えている魔法を、ドレスは知っていた。

 古代魔法だ。高い威力を誇るが、多大な魔力を要するため、使用者の居なくなった魔法。

「何……」

 エビルディアは戦く。

「何だこの魔法は……!」

 光は容赦なく魔王エビルディアに降り注いだ。魔王はそれを防ぐ手立てを持たなかった。

 五本の光、全てが、無情にエビルディアの体を貫いていく。

 物理攻撃には強い耐性のあるエビルディアだが、魔法に対してはそうではない。無論魔王を名乗る以上、それなりに魔法に対しても耐性を持ち、また魔法への造詣ぞうけいも深く、様々な魔法にも十分対処できるはずだ。それでこその魔王であった。しかし、古代魔法、既に失われし魔法についてエビルディアは無知だった。エビルディアのみならず、例えばソヨンも知らぬ、魔王アイリスも知らぬそんな魔法だ。防ぎようがなかった。

 知っているのはただオブリとドレスだけであろう。

「ぐぬぬ……」

 魔王はもはや動けなかった。別の依代よりしろに乗り移る魔力も体力も残っていない。ただ地面に転がり、這いつくばっているだけだ。

「魔王エビルディアよ、ボクの実力は分かっただろう」

 オブリは冷たく言い放った。

「貴様……何者……」

「質問しているのはボクだ、言っておくがボクの隣に居る人間もボク同等の力を持っている」

「……何が望みだ……」

「最初に訊ねたはずだ、未来に行く方法を知らぬか、と」

「みらい? みらいとは何だ……? 余はそんな場所知らぬ……」

「……では、グオチージンの研究書を全て寄越せ、そうだな……グオチージンの研究者がいるならば、そいつを連れてこい」

 オブリは言った。感情はこもっていなかった。オブリもドレスと一緒で絶望的な感情が、渦巻いていた。そして虚無感や脱力感に襲われていたのだ。

「いや……いや……いい。もういい」

 オブリは言った。諦観ていかんの感情が去来きょらいする。ここは、六百年前という過去なのだ。

 魔王アイリスもドノヴァもソヨンも皆失ってしまった。己はだれも救えなかった。結局こうなってしまった。幾度とない輪廻りんね、その中で何度も何度も失っていった大切な友達・家族・恋人。そしてこの百二十七回目でも、ドノヴァという相棒を失った。彼は己を見出してくれた大切な大切な相棒だった。己の目標でもあった。己がやりたいことを全て彼は、先んじてやり遂げてしまった。が、勇者に殺された。そして魔王アイリス。己を側近という地位にまで押し上げてくれた魔王。己の能力や実力を認めてくれた。彼女が淹れたアールグレイの紅茶がオブリは好きだった。そしてソヨン。己を認めてくれた女だ。己と結婚してもいいと言った女だ。二人とも、六百年後の未来にしか生まれない。

 畜生! 畜生! 畜生!

 鎖の連鎖は終わらない。怨嗟えんさの連鎖は続く。己はどこまで繰り返せばいいのだろうか。神? そんなものが存在するなら、殺してやる。勇者? 破壊神? 大魔王? 邪神? 精霊? 一切合財全て殺してやる。空の高みに居るというなら、引きずりおろし全て殺してやる。海の底に眠っているなら、海水を全て蒸発させ、炙り殺してやる。殺してやる。燃えたぎる、憎しみの感情。憎悪。ぶつけようのない怒り。行き場のない感情。畜生!

 オブリは涙を流した。

 こんな人生があるだろうか? 何度も何度も繰り返し、大切な者を失い続ける人生。無力。己の無力さが呪わしい。その無力さを何度も何度もむざむざと見せつけてくる、この世界の摂理が憎たらしい。ああ、己がこの地上の最弱種であることが憎たらしい!

 涙を流していたのはドレスも同じであった。この女は何に涙を流すのか。

 オブリには当然理解できない。推察は出来るが、しかし、己に比べれば百倍も千倍もましだろう。そんな感情だけが渦巻いていた。

 本来ならば殺してやりたい相手であるはずだったが、今は何の感情も起き上がらなかった。突如として霧散した。憎しみの感情が。飛来するのは空虚くうきょさだけだ。からっぽだ。己はこの輪廻転生りんねてんしょうの中で何もできない、ただ矮小わいしょうな存在なのだ。そう思うと、悲しみの感情は自然と霧散し、憎しみもまたどこかへ追いやられた。多大なる虚脱感。全てがどうでもいいように思えた。

 そこは異様な光景だった。

 魔王エビルディアは虫の息で、地面にいつくばっている。その近くで、女が泣きわめいていた。そして一匹のスライムがただぼんやりと天井を眺めている。

「ふ、ふざけるな! お前ら……余は、魔王だぞ!」

 魔王エビルディアが立ち上がる。少しは体力や魔力が回復したようだ。

「魔王様!」

 そこへさらに魔王の部下たちが駆けこんでくる。異様な光景に気圧けおされながらも、人間の女を認識し、剣を引き抜き、杖を構える。

 部下の加勢でエビルディアは俄然がぜん意気込む。殺せ! そう叫んだ。

 だが、魔王の手下達十数名は一瞬で、ドレスの唱えた魔法の餌食えじきになった。燃え盛る業火が、十数名の命を奪う。生きていたとしても、重症だろう。だが、魔王の元へ駈け込んでくる魔物はまだまだ沢山いる。ここは魔王城なのだからそれは当然だった。だが、ドレスは造作なくそれらを殺戮さつりくしていく。

 オブリはぼんやりとそれを横目で眺めていた。そして、また違和感に襲われる。

 己は、何故魔物が、本来味方であるはずの魔物が殺されていくのをこう黙って見ているのだろうか? そう、違和感の正体はそれだった。もう、六百年前の過去に来たという事実は確認した。確証を得た。ならこの女はいらない。敵だ。殺せ。

 だが、そんな感情は起こらなかった。

「いい加減にしろ、下等生物どもが!」

 魔王が吠える。魔法の詠唱に入る。強大強力な闇の魔法。それを行使し、人間もあの奇怪なスライムも殺す。そう思って魔法を詠唱しているのだろう。

 だが、一筋の光が魔王を貫く。

 魔王の魔法が完成するより早く、オブリが魔法を放っていた。

 魔王エビルディアはその場に崩れ落ち、絶命した。オブリは己の手で魔王を倒した。

 かつてそんな決意もあったっけ。おぼろげながら思い出す。

 己は魔王を倒し、魔王の座にく。そんな夢。今まさに魔王を殺した。だが、何もなかった。そこには何もなかった。ドノヴァも、アイリスも、ソヨンも居ない。誰も居ない。

 自分は、魔王の器ではない。己は別に魔物達がどうなろうと知ったことではない。この世界に存在するスライムがどうなろうと知ったことではない。しかし、己に関わる娘や友人、家族が殺されるのがただ悔しいだけで、そしてドノヴァやソヨン、アイリスを失ったのが辛いだけなのだ。結局生き物とは、自分の関わりの中でしか世界を築けない。凡夫ぼんぷとはそういうもので、魔王になりたいと願ったのも、ただ失った家族たちが、己が魔王だったなら絶対に失わなかっただろうという、身勝手な贖罪しょくざいなのだ。身勝手な、身勝手な……贖罪しょくざい

 大切なのは、本当に大切なのは、己と関わりをもった者だけ。

 ドノヴァ。アイリス。ソヨン。会いたい。会いたい……そう切に願った。……でも無理だ、ここは過去なのだから。

 いや、しかし。ここはあくまでも過去なのだ。六百年と言う年月を経れば、アイリスもソヨンも、そしてドノヴァも誕生し、再び会いまみえることが不可能ではない。そうではないのか?

 オブリは決意した。三人に会うのだ、と。

「ドレス……人間の女、ボクは行く」

 辺りは灼熱の炎で、燃えていた。天井はオブリの魔法で崩れ落ちている。惨憺さんたんたる光景の中、オブリは決意を新たにした。

「どこへ……どこへ行くっていうの! 六百年! 六白年という時間をさかのぼったの! 私たちは! 今更どうするの!」

「未来」

「未来?」

「六百年さかのぼれたんだ、六百年跳躍することもできるだろう。ボクはその方法を見つける!」

「…………………そんな事」

「するさ」

「…………そっか。そうよね……私も、私も、そうするわ。私は天才魔導士、アーキュラス・アラ・ドレスだ。私も見つける、六百年の未来を! 競争よ、私が先にたどり着く」

 ドレスは立ち上がった。

「競争? どうせ行きつく先は、六百年後……どちらが早く行こうとも着地点は同じ」

 オブリは笑った。

「なるほど、そうね。行きつく先は同じ……じゃあ、六百年後未来であなたを待っている。そして今度こそ殺すわ、勇者たちと一緒に、魔王を退治する」

「それはボクの台詞だ。お前と勇者一行を殺す! 魔王様とソヨンとドノヴァと一緒に!」

 二人はそこで別れた。憎悪をもって復讐を誓い、二人は別れた。不思議とその時に戦おうと言う気持ちは起こらなかった。

 そして、……時間が過ぎ去った。もう二度と、オブリはそのドレスという人間と会う事はなかった。そして……オブリはついぞ、未来へ飛ぶ方法を見つけられず六百年という時間が過ぎ去った。



「これが……これが……余の由来……スライムであるボクは百二十六回誕生と死を繰り返し、さらに六百年という時空をさかのぼった。ボクはここ六百年ずっとずっと未来に飛ぶ方法を探し続けた。あの女と別れて、二百年の間は魔法とグオチージンの研究に没頭した。寿命があるボクはやはり死に、そしてスライムに転生する。でも、ボクはボクという資質を受け継いでいた。魔力も力も。だから死と転生を繰り返し、研究を続けたんだ。でも、未来に行く方法はまったくわからなかった……二百年研究し続けたのにだ! 絶望のまま、その時の魔王に会いに行った。魔王プルトギリア。新魔王なら何か知っているかと思った。が、無駄な収穫だった。新魔王を、ボクは殺した。また別の魔王が立った。ボクは再び研究に戻った。それから五十年研究を続けたが、何の成果もなかった。そのころからボクは魔王になることを考えていた。いちいち転生するのは不便なシステムだと思ったからだ。魔王という地位を築いてしまえば研究もはかどる。資料や資材なんかを一から集める必要もない。しかしスライムが魔王であるというのはなかなかうまくいかないだろう。そこで、今の四天王のシステムを徐々に作っていった。魔王ハーケル・ナディシャスを殺し、ボクは魔王オブリュッドを名乗り君臨した。ボクは四天王の影に潜んだ。ボクが死んで転生しても、すぐさま、ボクは魔王の場所に戻ってこれた。四天王と言うシステムのおかげでだ。そしてそして……ついに六百年という時間を過ごしてしまった。未来に行く方法を見つけることは為らなかったが、六百年という時間が経ったのだ。それだけの話だ。ただ時間を過ごせばいいだけの話だった。

 ボクは魔王アイリスを、ソヨンを、ドノヴァを探した。すべてのサキュバス種と、暗黒騎士種を探した。でもそれらしき者は見当たらなかった。ボクが魔王と君臨したことによって……未来が変わってしまったのだ……うすうすはそうなることは分かっていたが、魔王でいたほうがドノヴァたちを探すのに便利と思った……だが、結局結局結局……

 これが誕生話。どうだ、くだらないだろう? さて、さて、さて、さて、亡霊どもよ……たかが五人……たかが五人の魂、その齢足しても百に満たぬであろう……それがボクに勝てるかな? ボクは既に千二百年以上の時間を過ごしている」

 魔王オブリュッド、黒い塊の存在、輪廻転生りんねてんしょう魂の具現はそう言った。

 あまりにも突飛もない話にマリアはどうしていいかわからず、理解が追い付かなかった。

「……その……ドレスさんはどうなったの?」

 そして辛うじて口にした言葉は、そんな疑問だった。

「知らん。死んだのであろう。人間の寿命限界は百歳程度、ボクのように転生もできないのなら、死んだに違いない」

「それが魔王誕生秘話ですか……」

 盗賊ガロはナイフを引き抜き、黒いかたまりにらみつけた。

「そういうことだ」

「関係ないっす。あんたが何年生きようが、何べん生きようが……オレたちはあんたを殺す。魔王を殺す。ただそれだけっす。ですよね、勇者さん」

 ガロがカピンプスやタオを振り返った。だが。

 カピンプスもタオもそしてアブジもガタガタと震えていた。

「なんでだよ……」

 勇者カピンプスがうめく。マリアは只ならぬ事態に気づいた。

「理解した……いや、理解できない……」

 一番冷静沈着な武闘家であり賢者でもあるタオ。彼も意味不明なことを呟いている。

「じゃあ、いや、どうして……それならどうして……」

 屈強な戦士アブジも震えていた。いや、困惑の表情を見せていた。

「皆さん、どうしたんですか?」

 ガロも不安げに三人を見ていた。一番不安なのはマリアだった。ここはマリアの精神世界、マリアの中だ。その場所で今から闘うというのに、頼りになる三人が冷静さを欠いているような状態だった。

「耐えられなかったか、魔王の一生に。その人生を見て精神を狂わしたか?」

 魔王オブリュッドが笑う。

「違う……」

 震えながら、カピンプスが言った。

「あいつが……」

「あいつ?」

 マリアは訊ねる。

「あいつが、どうしてあそこに居るんだ! 魔王の記憶の中にあいつが!」

 そして叫んだ。

 え? 誰が? マリアはあたりを見渡す。それは魔王も同じだった。だがマリアの精神世界には、魔王と五人以外はだれも居ない。

「アブジ? どういうこと?」

「タオさん、カピンプスさん? どうしたんっすか?」

 マリアとガロが不安げに、三人を見守っていた。

 そしてとうとう口を開く。勇者カピンプスが叫んだ。「アーキュラス・アラ・ドレス! あいつが何故魔王の記憶の中に出てくるんだ!」と、そう。

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