第21話 たましいの拡張と上書き

 女、マリア・テレジアはそこまで語り終えると、息を止め、口を閉じ、押し黙った。

 もう涙は既に乾いていた。

『ふむ、それはなんとも壮絶そうぜつな冒険だ。たかだか十数年しか生きていない小娘よ』

 マリアは答えなかった。

『だが、その思いもここで終わりだ、余によってお前は殺されるのだ』

 魔王は泰然たいぜんと言い放った。余裕だった。今の話を聞いても、魔王は余裕を見せている。

「……わかってないわね」

 マリアは杖を向ける。

『む? 余の魔法が解けたか』

「あなたはここで死ぬの」

『ふん、余の前ではお前の攻撃や魔法など効かぬ』

「違うのよ、禁術であなたは死ぬの」

 マリアは言った。

「まさか!」

 イリスがおののきの声を上げる。かの四天王イリスも当然先ほどの、マリアの告白を聞いていた。その魔法がどういうものなのか聞いている。つまり……

「私と一つになるの、分かるでしょう」

 マリアは言った。

「……! 魔王様、お逃げを!」

 イリスは叫ぶ。

『ふむ……ふむ……できるかな? そんなこと? 余は魔王であるぞ』

 魔王はあくまでも泰然たいぜんとしていた。余裕があった。

「できるかできないかじゃないの。禁術で、あなたの魂は私に上書きされるの」

『その時、お主は、お主の体を捨て、余の身体となるということ。できるのか? お前は、魔王の体を手に入れるのだぞ』

「ふふふ、別にそれでいいわ。その後魔王領を滅ぼして、私も死ぬ。それでおしまい」

『そうか……だが……どのみち無理だの。余を倒す、余に魔法をかける? その禁術をどうやって? 無理だろう、お前は余に近づくことすらできぬ』

 マリアは笑う。その、態度。

 余裕を持った、魔王の態度。それが付け込む隙だ。関係ない。距離などこの魔法には関係ない。

 マリアは嘘を付いていた。タオはマリアに抱き着いていたりはしていない。そんな必要はないのだ。その嘘は、マリアの無意識かそれとも意識的な嘘なのか。あるいは、ただの妄想だったのか。だが、この際どうでもいい。布石。魔王をあざむく、嘘。だが魔王を滅ぼしうる嘘。

 マリアは魔法を詠唱し始める。禁術だ。光。融合。否、拡張と上書き。

 すべてはこの日、魔王を倒すため、マリア、タオ、カピンプス、ガロ、アブジ、勇者一行の旅路の終わりのために。そして光は降り注ぐ。

『何……』

 部屋中を光りが覆い、マリアは、それを見いだした。拡張先を見いだした。

 そして、今まさに、マリアは魔王を下す――

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