第20話 タオの禁術

 両親の顔は覚えていなかった。生まれた時より師父に育てられた。師父はボクのような身寄りのない子供を引き取り、武術や占星術を教えていた。

 師父が言うにはボクは運命の子供らしい。

 十六歳になった時、始めてその運命の意味を教えてくれた。

「お前は魔王を倒す勇者に仕えるのだ」

 師父は言った。ボクは嬉しかった。そうか、ボクの運命は魔王を倒すことにあるんだ、とね。

「タオよ……お前は武術を完璧に極めたようだな。今からは魔術に励みなさい」

 師父はそう行って一人の男を紹介してくれた。男は大魔導師だった。

 ボクはわけがわからなかった。武闘家として育てられたボクが何故今更魔法を?

 ともかく大魔導師の下で修行を重ねた。大魔導師は名前をアンガニーと名乗っていたが、本当の名前かどうかは知らなかった。もしかしたら偽名かもしれなかった。出生は完全に不明だった。

 彼の元で、二年間みっちり修行をし、ボクはそこで魔法を修めてしまった。二年でボクは武闘家ではなく、賢者になった。

 でも師の前以外で、魔法の使用は禁止されていた。何故かは分からなかった。師アンガニーの言うことは絶対だった。

 ボクは別に疑いもしなかった。何も疑問に思わなかった。師の言いつけを守った。

 魔法を使わなくても、魔術を極めたことは実際役に立った。

 戦闘において相手の魔法に対抗できる。特性がわかるからね。君はいつもそれでボクを疑っていただろう? なんで、魔法が使えないのに、魔法を使う敵に的確に対処できるか。これが理由なんだ。

「魔術は極めたな……次は占星術を極めろ」

 アンガニーはそういった。

「師父ワンのところに戻り、占星術を極めなさい。占星術を極めたら、また私のところに戻って来なさい」

 ボクは言われたままに師父ワンの下に戻った。それから師父の手ほどきを受けた。

 魔術を極めたことと幼きより間近で見ていたとで、ボクにとって占星術は難しいものではなかった。

 わずか半年で師父は「もう教えるものはない」と仰られた。

「お前は再び大魔導師様のところで学ぶのだ」

 ボクはそれに従い大魔導師アンガニーのところへ再び戻った。

 しかし占いは禁止されていた。魔法と同じで禁止されていた。

「よくきたなタオよ。よもや半年で占星術を修めようとは」

 彼は驚きの表情でボクを見た。

「ありがたきお言葉です。これもすべて師匠の魔術道のおかげです」

「ふむ、時にタオよ」

「はい?」

「今の魔王、これはもはや我々人知の勝てる相手ではない」

「……そうなんですか?」

 アンガニーの言葉は、意外に感じた。魔法を極めた、と言っても修行した年数は僅か二年だ。師アンガニーの足下にも及ばない。師の魔法は実に奇抜で、多彩で、優雅で、あらゆるものに精通し、あらゆる角度で、あらゆる可能性を持っているように感じられた。そう、ボクの目には最強の魔法使いに映っていた。

「そうだ。私はこの人間界において最強の魔法使いである自覚はある。しかしこの私をもってしても魔王は倒せない」

「……」

「だからお前にかけるのだ」

「ボクに?」

「そうだ……私はね後悔している」

「後悔?」

「そう、後悔だ。君の師父ワンもそうだ。私と同じで後悔している」

「師がですか?」

「お前の師父ワンは、魔王打倒の旅路の同志だった」

「え? つまりそれは先代の勇者と一緒に旅をしていたということですか? そうだったんですね!」

「だが……師父は……勇者を裏切った。いや、勇者というより運命を裏切った」

「運命を?」

「だから魔王には勝てなかった。勇者が独り死んでしまった。だが、その勇者には子供がいた。いずれその子供が旅立つ」

「勇者が……」

「勇者と共に魔王を倒しなさい。ただし……魔法の使用は一切禁ずる。いや、死ぬ瞬間、その瞬間だけは許そう。死ぬときだけは魔法を使っていい」

 彼は言った。とても重々しい口調だった。彼の真意はわからなかった。死ぬ瞬間に魔法を使っていい?

 いや、彼はこう言っているように聞こえた。死ぬために魔法を使えと。

(それはつまり、自己犠牲自爆の強大で無慈悲な魔法……)

 己は理解した。彼はそう言っているのだ。魔法の類には自らの生命エネルギーを魔力に変換し、莫大な威力を放出する魔法が存在する。無論、それは自らの命と引き換えにだ。

「あの……」

「なんだ?」

「ワン師父は、勇者との旅路を途中でやめる、という裏切りをしたのですよね?」

「そうだ、彼は旅の途中、ある傷ついた子供達を見捨てられなかった、その子供達を集め、道場を作った。お前が育った場所だ。勇者はそれを快く見守った。何も魔王を倒すことだけが、人間のためになることではない。人間を魔物から守る方法はたくさんあるし、魔王を倒した後のことも考えなければならない……だから勇者は快く見送ったし、勇者はお前の師ワンを誇りに思った。でも、事実は異なる、お前の師は逃げたのだ、運命から」

「……そう、ですか」

「そして、逃げた運命をお前に託した。だが、決してワンを恨まないでほしい。お前もその運命を今から見ることになる、その重みに耐えられないならば、それはそれまでだ。我々はそれを責めることはできない」

「……そう、ですか。では貴方は? 先ほど、師も後悔していると仰いましたが」

「うん、そうだな。後悔している。私は……それが運命かどうかわからなかったが、ある人間を裏切った。いや、裏切りではないが、私はその人間を見捨ててしまった。本来、私は既に死した人間だが、……自責の念が、私の生を生きながらえさせた。私は、そして……そして、自ら背負うべきだった責任を、お前の師、ワンに託したのだ。だからお前は決して、ワンを責めるな。責められ得るのは私なのだから」

 悲哀の表情。いや寂しげな表情。ボクにはアンガニーの言っている内容が理解できなかった。かつてのアンガニーに何があったというのだろう。そして、……責任をワンに托したというのはどういう意味だろう。

「訳がわからないという顔をしているな。だがしょうがない、説明しても信じられまい。それよりも、今から占星術を行使しろ」

「え? ……いいんですか?」

「いい、占いで運命を見ろ。そして受け入れよ、一旦は受け入れろ。その後は、逃げてもいい」

「……」

「それがいつなのかは、わからない。だがお前はいずれ運命を見る。いつかだ。今ではない。しかし、今から占いの許可をする。そして、運命を理解したなら、その後は占いを捨てろ。二度と、運命を見るな。運命を変えよう等とも思うな」

 師とはそれきりだった。そこで別れ、それ以後師には会っていない。

 師のもとを離れ、勇者カピンプスに出会うまではしばらくの猶予ゆうよがあった。その間魔物からの護衛とかそういった仕事をしていた。占いによれば勇者はその時十四歳で、勇者が旅立つまで二年の月日が必要だったのだ。

 だからボクは自分の肉体を鍛えるために、魔物に怯える村や町を守りつつ旅をしていた。そんな時、アブジと出会った。

 アブジはフリーの傭兵だった。

 ボクが村や町を守るのは善意のためだった。お金のためではなかった。

 それで、アブジにとってボクは商売がたきになってしまったんだ。

 でもその時いた村を襲っていた魔物の数は多かったし、統括する魔物も強かった。だからアブジとは共闘することにしたんだ。そんなこんなで、いつの間にか仲良くなってしまった。

 ボクはそうやって一年間アブジとともに、村を守りつつ運命について考えていた。

 占星術で運命を見ると、不穏な未来しか見えなかった。ボクは死に、まだ見ぬ勇者も、そしてアブジも死ぬ。そんな未来しか見えなかった。ボクは不安でいっぱいだった。ボクは死ぬ。魔王は倒せない……。

 そして、また一年が過ぎ、ボクとアブジはカピンプスの住む町にやってきた。

 そこでカピンプスに出会い、仲間になり旅をした。本当は魔法使いが一人いたんだけれども、彼女はある町で恋に落ちてしまって、そこで別れた。それから君、マリアに出会った。

「あの、皆さん、どうして新米の私なんかを拾ってくださったんですか? 皆さんすごく強そうですし、私足手まといになっちゃいそうで……」

 あなたは、顔を赤くしながらそう言った。

「いやーこのメンバー肉弾戦ばっかりだし。本当は魔法使いがいたんだけど、抜けちゃってね。魔法使える人探してたんだよ」

 勇者カピンプスはそうあなたを元気づけた。

「まあこれでむさ苦しいパーティにも華が! 嬉しいぜ!」

 戦士アブジは女が好きだった。あなたの容姿は美しかったから、アブジは気に入ったはずだ。

「アブジ、そんなんなじゃマリアさんが怖がりますよ」

 ボクはあなたが、怖がらないようにそう言ったんだったね。

「皆さんよろしくお願いします」

 と、マリア・テレジア。あなただ。あなたは笑顔でそう、挨拶をした。

 こうしてボクとカピンプスとアブジとマリア四人の旅は始まった。そしてその日にボクは運命を見た。



 その日ボクは運命を知ったんだ。本当の運命を。

 魔王と勇者一行は戦っていた。しかし、闘っているのは誰か分からなかった。ボクがいて、マリア、君もいた。勇者も居た。アブジも居た。その時はまだ見ぬ盗賊ガロも居た。さらに別れたはずの魔法使いも居た。もしかしたら他にもいたかもしれないが、覚えていない。

 そして勇者一行は確かに魔王と戦っていた。でもね……でも、ボクは死んでいたんだ。実際に戦っているのは誰か一人……あるいは二人か。分からないけれども、闘っていたのは少数で、その少数の中にボクは居ない。

 ボクはね、死んでいた。たましいとなっていた。たましいとしてその戦いを見ていた。その戦いに加勢していた。他の皆もそうだ。たましいが、魔王と戦っていた。

 意味が分からなかった。意味が分からなかったけれども、ボクは死ぬ運命にあるんだ。それだけが理解できた。今前見た運命と唯一違うところがあるとすれば魔王に勝利したという点だ。ボクは死ぬが魔王は倒した。おそらく勇者が倒すのだろう。ボクはそれを死してなお、手助けするという按配あんばいだ。これが運命なのか。悲観した。哀しんだ。呪った。恨んだ。そして眠りに落ちて、夢を見た。

 ボクの夢の中に師アンガニーが出現したのだ。

 ボクは宿の、あの日君と出会った日に泊まった宿のベッドに居た。師アンガニーが無言で立っている。

 師は部屋に備え付けてあった机の引き出しを指さした。

 そして哀しそうな表情を浮かべた。夢はそれで終わった。ボクは飛び起きた。時刻はまだ、夜の明けていない夜中の深い時間だった。

 夢と同じ机が確かに部屋には備え付けられていた。同じ引出しをあけ、ボクは驚いた。本がその引き出しの中には納まっていたのだ。ただの本ではない。魔術書だ。書名は擦れて読めなかった。辛うじて読み取れた単語が『定着』と言う文字だ。

 手に取るとその本が相当の年代ものであることも理解できた。腐敗防止の魔法が施されている。少なく見積もっても数百年前に書かれたものだ。

 夢中でその本を読んだ。

 本の初めには師の字で次のようなことが、殴り書きのように記されていた。「贖罪のためにこの禁術を完成させたのに、私はいよいよ全てが恐ろしくなった。私はもう全てから逃げ出したのだ」

 禁術? 師が執筆した魔術書なのか?

 魔術書は酷く難解で意味がわからなかった。一読して分かったことは、魂が関係する魔法について書かれていること。魂の飛ばし方、幽体離脱、融合、あるいは時間跳躍、そういった類いの魔法の実験や考察が事細かに書かれていた。その書の最後のページにはこう書かれていた。「私はある魔法を完成させたが、これは私の望む魔法ではなかった。魂を捨てる方法での時間跳躍は遂に行き詰まった」

 それは冒頭に書かれた師の筆跡とは明らかに異なるものだった。別の人物の魔術書?

 分からないことが多すぎたが、ともかく夜が明けるまでボクは二度その本を読み通した。

 全体を読み通してみて、少なくともこの著者が魂による時間跳躍をしたかったらしいことを理解した。しかしそれ以上はわからなかった。完成した魔法とはなんだろうか。そしてこの書き手は誰であろうか? 師アンガニーではないのか?

 それから旅を続ける間、ボクはずっとその禁術を、魔術書を研究した。そして、ついに理解が至った。覚えているかい。あの日の朝だ。マリア、君や勇者、アブジと魔王討伐の理由談義をした日の朝のことだ。ボクはその魔法を理解し、そして運命をも理解したんだ。


「……魂は魂によりしろがある。だからよりしろが壊れてしまえば、生命は生き返ることはない。よりしろは魂の提喩シネクドキーに過ぎない。例えばタオという肉体は、タオという魂を有している――これが普通の考え方だが、タオの魂がタオというものそのものであり、その肉体はただのタオの中の一種類でしか無い。魂と肉体の関係は、たとえるならばゴーレム種(魂)とウッド・ゴーレム(肉体)と言えよる。逆に言えば、魂があらゆるものを決定づける。魂の範囲を超えたものは、存在しない。ゴーレム種(魂)はゴーレム種であるからサキュバスという肉体には入れない。ところがウッド・ゴーレムもゴールデン・ゴーレムも全てゴーレム種である。魂とはそういうものなのだ。シネクドキー。逆に言えば、ある魂が、別の肉体に入ることも不可能ではない。

 肉体も生命も魔力も、全て魂のシネクドキーに過ぎない。

 だが、その方法では、一度空っぽにした肉体が必要である。つまり魂の入っている肉体に入るこむことは不可能である。だからこの、それを可能にするのが禁術・拡張なのだ。魂が入った肉体に、別の魂が入り込む。魂が魂を食い殺す。魂が全てを決定する。あたかもゴーレム種というカテゴリーが小動物系モンスター種というカテゴリーに入り込むように。

 この魔法は、それを可能とする。魂が魂の存したまま、入り込む。融合という概念に近い。はたから見ればそうなる。しかし真実はフュージョンではない。拡張と上書きなのだ。メタファーとはまた違う。


魂の拡張と上書き


それがこの禁術である」

 そしてボクは再び未来を予知した。

 ボクはこの禁術を使い死ぬ。正確には、ボクの魂が相手の魂へと拡張され、相手の肉体に定着し、相手の力を魔力を得る。大魔導師アンガニーが言っていた「死ぬ時は魔法を使っていい」とはこの事だったんだ。魔法による拡張と上書き。そしてボクの肉体は死に、魂が、上書きされる。

 ボクはそれを勇者カピンプスにするかと思っていた。

 ボクは肉体を捨て、カピンプスに拡張し上書きするかと思っていた。

 ボクは死にたましいとなって誰かをサポートしていた。それが誰かは分からなかったけど、でも勇者だと思っていた。

 禁術で拡張したボクは、魔王を倒す。

 でもねボクは禁術に手を加えることにした。難しい話じゃなかった。ボクがたましいを放棄して分け与えればいい。禁断の魔術書にはそんな方法想定もされてなかっただろうけど。

 つまりボクは魂の拡張と上書きを、自分にするのではなく、相手にしてもらう。そういう方法を模索した。

 覚えているかい? 運命の話を。

 あの宿屋でボク達は魔王討伐の動機を語り合ったね。

 ボクはその時既に死の運命を見ていた。いや決定づけていた。

 運命から逃げるな、という師父ワンや師アンガニーの言葉が蘇る。

 あの方々は知っていたんだ。ボクの死を。ボクが死に従うこともまた。

 ボクは勇者なら、カピンプスになら死を捧げていいと思っていた。だからボクは死のためにずっと旅をしてきた。死に至る旅だ。死が確定している旅。ボクはその運命を全うしたんだ。 

 でも違った。カピンプスではなかった。残ったのは、それはキミだった。マリア、キミだった。



「わかるね、ボクはいまきんじゅつをつかう」

「そっか……私、魂消えちゃうんですね。タオ、あなたに食い殺されるんですね。でもいいです、もう死んでもいいです。だから、タオ、魔王倒してくださいね」

「ちがうんだ、ボクは……いっただろう、たびのなかで……ずっときんじゅつをけんきゅうしてきた。そしてみつけたんだ……たましいのかくちょうとうわがきは、なにもじゅつしゃがするひつようない。ひじゅつしゃでもいいんだ」

 彼は言った。嫌だった。理解はしている。でも嫌だった。まただ。同じだ。全部同じだ。

「でもそれは相手が勇者だからでしょう!」

 私は叫び声を上げた。

 いやだ。いやだ。

 タオの体が激しく光る。そして、突如タオの体は霧散し消滅した。光の中へ消えていった。いや、違う。私だ。私の中へ入っていく。

「ど、どういうこと……!? タオ? タオ!?」

 だが……返事はなかった。そして、止めどなく流れてくる、知識と記憶。そして体にも変化が訪れる。すさまじい筋力が、エネルギーが、私の体内に宿っていく。そんな感覚。いや、それが事実なのだ。宿っていく。そう、宿っていくのだ。

「タオ……わかるよ……わかった、ぜんぶわかった……スゴイ……あなたって天才なのね……あなたが私の中に入ってくる、違うわ……あなたが私の魂に食い殺されている。拡張と上書き……」

 頭の中を次々に駆け巡る知識。様々な知識。魔法の、占星術の、戦いの、武闘の知識。そして経験。経験すらも流入してくる。そして実力。実力すらも流入してくる。

 私の、私の……私の中に、タオが取り込まれる。そう、そして私はタオのいう禁術さえも理解し、そして、会得えとくしたのだった。



 小部屋の中で、タオの【魂の拡張と上書き】の洗礼を受けてから、しばらくは動きたくなかった。でも感傷に浸るのはやめようと思った。だからすぐさま動き出した。

 魔王。

 倒さなければ。外に出る。そこは、あの墓場の部屋だ。そこには黒焦げになったカピンプスの死体があった。

「カピンプス……あなたも、灰になったのね……アブジと同じように」

 私はそれを……手でつかむ。ぼろぼろと崩れ落ちていく。もはやそれが、生前どんな形をしていたか、分からないくらいに崩れ落ちる。私はそれを食らうた。

 アブジの時と同じだった。食らう。食らう。

「……う……うぐああああああああああ」

 突如こみ上げる嘔吐感とうとかん。それもアブジの時と同じだった。

 私は吐瀉としゃした。だがその吐瀉物としゃぶつは、黒い塊は……

 私の右腕にまとわり付いた。いや、右腕の、ガロのくれた腕輪にまとわり付いた。

 あのときと全く同じだ。呪われたのだ。私の腕輪は呪われたのだ。ガロのくれた腕輪は呪われたのだ。

「ふははははは、アブジ、タオ、ガロ、そしてカピンプス……皆一緒よ、一緒に魔王を倒しましょう」

 私は笑った。

 アブジは私の杖と共にある。カピンプスとガロは腕輪だ。タオは私の中に取り込まれている。皆一緒だ。皆一緒に、勇者一行として魔王を倒すのだ。

「アブジはばらばらの灰に、カピンプスもばらばらの灰に……ガロは……? ガロ…………ガロも爆発したなら……ばらばらだろうな……ばらばらになって遺体……皆ないんだね」

 そう言えばと思い出す。先ほどの部屋に棺桶かんおけがいくつも並べてあった。すぐさま小部屋に戻り棺桶かんおけを検めた。それらは皆空っぽだった。

「……棺桶かんおけ……がある……、はは……棺桶かんおけか……そうよね、私達勇者一行だもんね……この棺桶かんおけは……アブジね、アブジが眠っている、アブジ、そこで寝ていて」

 私は空っぽの棺桶かんおけ、そこにアブジの死体を入れた。入れた。入れても棺桶かんおけは空っぽのままだった。でもアブジがそこに居るのだ。

 そしては棺桶かんおけの蓋を閉じた。

「この棺桶かんおけはガロね……カッコ良かったな、ガロ、ガロって死に顔も綺麗なんだね」

 空っぽの棺桶かんおけにガロを入れる。当然、当然……ガロはいない。でも、入れるのだ。

 私は棺桶かんおけの蓋を閉じた。

「カピンプスはここね……ふふ、カピンプスってよく見たら子供っぽい顔してるのね……」

 カピンプスを棺桶かんおけの中に入れる。空の棺桶かんおけの中に、入れる。そして蓋を閉じる。

 これでアブジ、ガロ、カピンプスは棺桶かんおけの中に収まった。

「タオ……あなたは、私という棺桶かんおけの中にいるからいらないよねぇ? じゃあ、行きましょうねぇ、私たち勇者一行が、魔王を倒しに!」

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