第19話 魔王城目前の悲劇

 アブジを亡くした私たちは、失意のまま、それでも魔王討伐に向けて足を進めていた。

 そして、魔王領へ入り込み、魔王城まで目と鼻の先だった。

 その場所はエルフ種が居る場所で、私たちはちょっとエルフの長老の悩みを解決し、彼らと仲良くなっていた。本来魔物にも人間にも心を開いていないエルフ達であり、そのため魔王領の中にありながら、そこだけ、ぽっかりと空いた浮島のようになっている。そのエルフ領には、魔王軍といえども易々攻め入れないし、不可侵条約を結んでいるとのことだった。

 そんなわけで、魔王領に居る私たち勇者一行としては、いい中継地になっているのだ。

 四人から三人に減った勇者一行だが、その途中で新たな仲間が加わる。それが盗賊ガロだった。

 ガロとは魔王領と人間領の国境付近で出会ったのだった。結局は四人の旅路になっている。

「マリア、こんな朝早くから素振りか?」

 朝。私はそのエルフ達からあてがわれた家の庭で、素振りをしていた。

「ええ」

「おまえは回復役なんだから無理するな」

 声をかけてくれたのはカピンプスだった。彼はリーダーらしく、気を配る。タオの気遣いには劣るものの、それでもやはりリーダー然としているところはある。

 私はあれから……。アブジが死んだ、あれから。

 私は毎日のように素振りをしていた。それにカピンプスやタオによく稽古をつけてもらっていた。

 アブジは戦士の役割だった。前衛で、切り込みで、相手の防御や布陣を壊し、相手からの攻撃は自らが盾になるのだ。そんな役割だった。

 だから、その穴を、戦士としての穴を私は埋めるつもりで体を鍛えていた。むろん魔法の方も疎かにはしていない。タオが魔法に詳しいので、その点は彼に教えをうていた。もっともタオ自身は全く魔法を使えないのだけれども。

「そうですよ、カピンプス。戦うマリアはかっこいです。一緒に稽古どうですか?」

 タオが笑いながら言った。

 素振りは今日の稽古の締めだった。

 先ほど言ったとおり、タオやカピンプスに私はよく稽古をつけてもらう。今日の朝は、タオに稽古のお願いをしていたのだ。

 タオはすごい。魔法に詳しく、体力も力もあり、素早さもある。八方美人じゃないか、と思ってしまう。

「遠慮しておくよ。さて、エルフの里で十分休養したし、いよいよ魔王城へ突入だな」

「そうですね、ここからはより厳しい戦いが予想されます。気を引き締めていきましょう」

 タオさんはそう言いながら、遠くに居る彼を見た。特に気を引き締めていきましょう、のあたりで、力を込めて彼を見た。

 彼はようやく起きてきたらしい。もう朝の九時なのに。

「ふああああああああああ。おはようございまふ」

 白髪で細身の彼は、盗賊ガロだ。朝に弱いらしく、いつも寝坊する。

「みなさん、朝早いっすね。やばくないっすか? はやすぎっつーか」

 彼は、あんなんでもこのパーティーで一番の年長者だった。二十五歳である。

「さっきから言ってるじゃないですか。ここは魔王領内といっても過言ないんですから、気を引き締めてくださいって」

 タオが険しい表情で、ガロをにらむ。

「はいはい、と。準備よし」

 彼は大きな荷物を背負っていた。中身は爆弾だった。

「なあガロ? そんなに爆弾持って行ってどうするんだ? 邪魔じゃないか?」

 カピンプスが訊ねた。

「爆弾は強いんっすよ! 盗賊団やってたときから、便利に使わせてもらっています。つーか、みなさん、道具買い込まなくていいんっすか? 今から魔王領っすよ! 皆さんこそ、気引き締めないと! 補給地点はここしかいないんでしょ?」

「……む、言われてみればその通りだが、ガロに指摘されるとなんだかしゃくだなぁ」

 タオはガロのことが苦手のようだった。何というか、タオは生真面目で、ガロとは正反対のタイプなのだ。

 でもガロは別に何も気にしていないようだ。そこらへん、大人ってことだろうか。

「賛成! 皆で買い物しましょう」

 私がにこやかに言う。確かに補給地点はここが最後。

 買い物しなきゃ。

 買い物自体、私の楽しみでもあった。この旅は、私にとってつらいことばかりだ。心を殺してここまでがんばってきた。女の子らしいことを何もせず、風呂には入れないこともしょっちゅうあったし、野草を食べたこともあった。だからこそ、今この一時、女らしく、買い物なんかを楽しみたいのだ。

「こらこら、はしゃぐな。まあ、しょうがないな」

 カピンプスが笑った。和気藹々わきあいあいとして、平和な一時だった。



 そして。そんな和気藹々わきあいあいとした平和的なほのぼのとした雰囲気も一変する。

 エルフの里を出立し、ついに魔王城へと向かっていたのだ。

 しかし一日でつけるはずもなく、夜が訪れ、私たちは野宿をしていた。

 敵地であり火は使えない。私たちは交代で魔物が来ないか見張っていた。

「はあ……きついわね」

 思わず本音が漏れる。まだあのエルフの里を出て一日しか経っていないが、あの場所が平和過ぎたせいだろうか。疲労感が半端なくのしかかってきた。

「マリアさん。見張り交替っすよ、寝てください」

 交代の時間になったのか、ガロが起きてきた。

 ふと。私は思い出す。かつて私が、どこの町の宿屋だったかで、あの三人にした質問を。

「……ガロは、なんで勇者一行に入ったわけ?」

「オレっすか? うーん、なんつーかオレ、親友が殺されてるんスよ魔物に」

 彼は明るくそう答えた。

「そっか、あんたも同じなのね」

 そう、皆同じなのだ。私もカピンプスもタオも、そしてアブジも……私たちは皆、同じような境遇だったのだ。

「それどういう意味っすか?」

 ガロが訊いてくるが、説明するのは面倒だと思った。

「死なないでね」

 それだけ言って、私は寝ようと、カピンプスやタオのところへ行こうとする。

「死にませんよ、早く寝てください」

「うん、ありがとう……私さ、怖いんだ……死んじゃうんじゃないかって」

 すぐに寝るつもりだったのに、気づけばそんなことを呟いていた。

 脳裏には、あの光景。アブジが死ぬ光景が克明に刻まれているから。

「マリアさん十七歳でしょ? そりゃ怖いっすよ」

「あんたは二十五歳だっけ。でもなんか、私たちやカピンプスに対して、すごく、こう、丁寧よね」

 まあ微妙な言葉遣いだけれども。私は意識的に、死の話題をそらした。

「そりゃ、年齢ではオレのほうが上っすけど、勇者一行ではマリアさんの方が先輩っすよ! 強いし! 魔法もできる、力もある! 反則っす~~」

 彼はへらへらと言った。その言い方はなんだか力が抜けるような感じがする。不思議と苛立ちはなかった。

「はは、反則ね……」

 ちらついたアブジの光景を払拭ふっしょくする。というより払拭させられた。ガロのおかげだった。

「ありがとうガロ」

「んー? なんっすか? よく分からないけど、キスでもしてくれるんっすか?」

「……しません」

 ガロは、実に軽薄なやつだった。私は赤面していた。



「さて……魔王城は目前だ。この砦を制圧したし」

 あれから三日ほどが経ち、魔王城が目と鼻の先にある砦を占拠していた。幸い外部には気づかれておらず、今からどうするかを話し合っていた。

「ふむ……どうするかな」

 タオが言った。ここまで来たのだから攻め入りたい。しかし薬草などの道具は結構使い込んでるし、あの、エルフの里へ再び補給へ戻るという選択もあった。

「ここまできたんすよ、行くしか無いっしょ」

 ガロはそう述べた。

「でも……もう私たちは連戦で、体力もあまりないし、薬草も結構切らしてる」

 私も意見を述べる。ガロの気持ちも分かるのだが、焦っては事をし損じると言うし。

「うん、そうなんだよな……補給ができないって辛いな」

 と、カピンプス。

「そうだな、一旦エルフの里まで戻るか?」

 全体の意見としては補給に傾いているようだった。でもガロは違うようだった。

「でも、一度ここまで来たんっすよ? 戻ってどうするんすか? またここまでくるのに、体力使うっすよ、いや、もしかしたら次はないかもしれない……魔王城は目と鼻の先……」

 そう食いつく。彼が言うことも事実だった。

「一理あるな」

 とカピンプス。皆それは十分分かっている。

「うむ、しかしそれでもボクは引くべきだと思うが」

 タオが言った。脳裏にあるのは、おそらくアブジの死ぬ光景なのだろう。魔王に挑む以上、死は覚悟しているが、それでも万全は期したい。私も同じ意見だった。しかしガロは引かなかった。

「勇者さんだって解るでしょ! オレは親友を殺されてるんスよ! 勇者さんだって、父親を魔王に殺されたんでしょ? このまま引き下がるとか、絶対ありえないでしょ! そりゃ、マリアさんとタオさんはそういった私怨で動いてるわけじゃないから、冷静に状況判断してるかもしれないっすけど……オレは!」

 ガロは一気に捲し立てる。

「ガロ……」

「なんすか、勇者さんまで逃げ腰っすか?」

「……皆同じなんだ」

「何がっすか? 親友を目の前で殺されて、無残に、血が飛び出て、それを見て! 勇者さんは、見てないんでしょう? 自分の大切な人が殺されるその場面を! オレは今でもまぶたに焼き付いてる! アイツが……オレの名前を呼んで……死んでいく姿を……オレは魔物が憎い……だから! 勇者さんよりも実感があるんです、恨みが強いんです! 引き下がれない、独りでも行く!」

 私はほぼ反射的に、ガロの頬を叩いていた。それは言い過ぎだ。

「いた! なにするんすか、マリアさん! あなただって、危機感が無いです! 教会で、その庇護のもと生きてきたんでしょう、綺麗な部分しか見えなくて! そうでしょう! 箱入りなんでしょう! タオさん、あなただって、ただ気ままに武道を学んで、道楽のように! オレは、オレはっ!」

「やめろ!」

 止めたのはタオだった。気づいたら、私は泣いていた。涙を流していた。いろいろな事を思い出していたのだ。アブジのこと。教会のこと。今までのこと。そして母と父が死んだ日。でも、不思議と怒りや憎しみはガロには向かなかった。

「やめません、オレはあなた達とは違う! 意地でも行く! って……マリアさん、なんで泣いてるんですか?」

「ガロ……落ち着け、同じだ」

 カピンプスがガロを落ちつかせようとしていたのが視界の隅に入る。ただ私の視界はもう涙で溢れて見えなくなっていた。

「何がっすか!?」

「タオは……いや、俺とマリアもだが、目の前で、親友を失っている……魔物に殺された」

「……え?」

「それに……マリアは……両親を殺されている、魔物に……」

 カピンプスは強いな、と思う。さすが勇者だ。淡々と事情を説明する。カピンプスだって辛いはずなのに。

「…………」

 カピンプスの言葉を聞き、ガロは押し黙った。

 私もカピンプスも静謐せいひつを守った。何か言おうと思ったが、涙で言葉がうまくつむげない気がしたのだ。

「進みましょう」

 沈黙を破ったのはタオだった。

「え?」

 彼の意外な発言に、カピンプスが戸惑う。

「ガロの言うとおりです……引き返して、それで再びここに来れる確証はない。ボク達が補給している間に、魔物たち体勢を整えるかもしれない」

「……そうね、行きましょう」

 私も努めて明るく、それに同意した。そうだ。再びここへ戻ってこれる保証なんてどこにもないのだ。

「……す、すまない……申し訳ないっす……オレなんも知らなくて……」

「いや、俺達もその話してなかったし、もっと早くすべきだったのかもな。そうだな、魔王を倒す理由を……」

「聞かせてくださいよ、皆さんが魔王を倒す理由……オレはもう言いました。親友が殺されたんです……それで、オレ盗賊団やってたんですけど、いや、そりゃ褒められたことじゃないんですけど……なんつーか、親友を殺されて以来、魔王を倒す盗賊っていうか……村の傭兵しながら暮らしてました。オレ盗賊団の賊長だったんすよ。で、団で魔物に襲われている町とか村助けながら、まあ報酬ももらってたんですけど……そんなんで生活してたんすよ。でも……結局……俺達の仲間次々に魔物にやられていって、解散っす、皆元の盗賊に戻りました。でもオレだけ、魔物と戦うのに諦めきれなくて……そんな時皆さんと出会ったんすよ」

彼の話を聞いた後、私やタオも手短に、身の上話をした。そして私たちは決心をする。今日魔王を倒そう、と。

 


「くそおおおおおおおおお! 後少しで、後少しで魔王城につくというのに!」

 咆哮はカピンプスのものだった。

 私たちは機械仕掛けの魔物に囲まれていた。

「……多すぎる……一、二、三、……二十は居る……このまま魔王城の城下町には行けない……行けば目立つし、城下町に居る魔物すべてを相手にせねばならない」

 タオが冷静に状況を判断した。

「ならどうすればいいんすか……!? 逃げるんすか?」

 ガロがまた噛みつく。

「……戦っても目立って、気づかれるかもしれん……この数だし……逃げるしか無いのか……」

「……逃げるしか無いのか……」

 ガロの言葉にカピンプスも、苦々しくそう呟いた。

「でも、さっきガロ言っていたよね……、引き返したところでまたここまで来られるとは限らないって」

 私はもう前に進むしかないと思っていた。私は私の意思を皆に伝える。

「マリア……」

 カピンプスが当惑の視線を私に送った。

「そうっしょ! ここまできて逃げるなんて無いっしょ」

 ガロは私に賛成した。

「マリアさんやガロの言葉も一理ある、決めるのは勇者であるカピンプスだと思っています。引くか、進むか」

 タオがじっとカピンプスを見つめた。

「……そうだな、ここまで来たんだ……行くぞ! このまま機械仕掛けの魔物達を引き連れて行けば、確実にアウトだ。城下町で、他の魔物に気づかれる……だから素早くこいつらを殲滅するぞ!」

 カピンプスはそう決断し、地面を蹴った。私もすぐさま魔法の詠唱に入る――



 でも、そう上手くいくはずもなかった。

「嘘よ……ガロが……ガロが……」

 機械仕掛けの魔物を殲滅した。殲滅はした。でもガロが重傷を負ってしまった。慌てて回復魔法を行使するも、傷は完全に塞がらなかった。魔法が効かないということは、それだけ傷が深い証拠だった。

「落ち着け、瀕死でもはや魔法では手遅れだ……だが、教会に行けば生き返る、……あいつの時とは違うんだ」

 タオが私をなだめた。そうだ、だいたいまだ息はあった。死んでは居ないんだ。私の魔法が効かなくとも、教会にいけば、精霊の加護が受けられる!

「そうだな……一刻も早くここから脱出しよう……」

 カピンプスは悔しげに呟く。いや、どんな表情と言えばいいのだろうか。悔しげ、憎しみ、怒り、いろいろな感情が混ざり合っているようだった。

 ここまで来て、というのもあるだろうし、アブジの死が脳裏には思い浮かんでいるのだろう。

「…………だめっすよ」

 それを止めるのは、ガロだった。

「え? どうしたの?」

 私は思わず問い返した。

「オレはここまでっす」

 そしてそんな事を言う。

「何を言ってるの? 早く町に帰って教会に……あ、たぶんエルフの里でも大丈夫だわ」

「そうだ! お前何言ってるんだ! 生きるんだぞ!」

 カピンプスが叫んだ。

「よかったっす……まだオレ喋れるんすね……オレのことはいいから、早く魔王を倒してきてください」

 ガロはしつこくそんな事を言う。どうして? なんで?

 彼はなぜ死ぬようなことを言うの。

「そんな事はできませんよ……二、三時間程度の時間で魔王を倒せる確信があるなら、足手まといのあなたをここにおいていく……こともできる。だが、……一日かかるかもしれない、あるいは二日? どのくらい時間がかかるかわからない、その間にガロの死体がどうなってるかわかんない……」

 タオが言った。

「何言ってるんすか……オレ元盗賊っすよ……悪いやつ……のことなんか、死んでも別にいいでしょう」

 嫌な予感がした。ガロは何を言っているのだろう。

「な、何よそれ! 今まで戦ってきた仲間じゃない……」

 私は思わず叫んだ。

「マリアさん……聞いてください、あの塔でオレが言った話……オレは今でもその考えを捨ててません……ここまで潜り込んだんです……ここまできたら……いくしかないっす……」

「そんな事はできん」

 カピンプスも強く反対する。当然だった。

「私情で大義を逃すんっすか? 見損ないました、勇者さん」

「お、お前はまだ助かる! 助かる命じゃないか……! あの時とは違う! 魔王との戦いならまだ先がある! また来ればいい! 絶対、絶対また来られる!!!」

 タオが珍しく取り乱す。そしてその言葉はやはりアブジの事が念頭にあるのだろう。

「………………………………助からないんです」

 そして、ガロはそんな事を言った。

 助からない。

 なんだこれは。なんで? アブジの姿と重なった。

「どういうことだ? そりゃ教会に行けば絶対に助かるわけではないが、お前にはまだ望みが」

 カピンプスが必死にガロに語りかける。

「………………ないんです」

 ガロは頑なだった。

「なんで? 何よそれ」

 訳が分からなかった。早く、早くしなければ本当に死んでしまう。そ、そうだ、薬草。まだ残っている薬草をとりあえず、傷口に当てて、それから回復魔法を継続的にかけよう。

「だめだ、埒が明かん。無理矢理にでも連れて帰るぞ。みんないいな」

 カピンプスが言う。当然賛成だった。私は道具袋から薬草を探し出す。

「異議なし」

 タオも賛成だった。

「うん」

 私も答える。

「だめっす……」

 それでもガロは頑なだった。そしてあろう事か、立とうとする。

「…………! 立つな! 俺が抱えて帰る!」

 カピンプスが叫んだ。

「オレは姫さまじゃないんっすよ……それにガキでもありません……勇者より、年上なんっすよ」

「そんな事はいいから、な、何をしている……!」

 カピンプスの制止を聞かず、ガロは無理矢理立ち上がった。痛々しい姿だった。血がぽたぽたと落ちている。

「もっと、長く生きたい……やっぱ死ぬ間際ってそう思うんすね……」

 ガロは泣きながら、そう言った。

「だから早く! 早く! 教会へ」

 タオも叫ぶ。

「……マリアさん……オレあなたのことが実は好きでした……それにあなたの気持ちにも気づいてましたよ」

 泣きじゃくる彼が、こんな瀬戸際に、そんなことを。

「……!」

 私はもう、訳が分からず混乱していたし、それに、なんだか彼が本当に死んでしまう気がして、もう何も言えなかった。

「……だからこれあげます。<韋駄天いだてんの腕輪>です、これつけてたら俊敏さが上がります。やばいっす。オレだと思って大事にしてください……大切な、オレの腕輪です」

「は……? なに言ってるの?」

 もう全然意味が分からなかった。意味が分からなく、呆然としている私に、彼はその腕輪を無理矢理はめ込んだ。そしてにっこりと笑う。

「マリアの事好きなんだろ、魔王倒してさ、一緒に暮らせよ! な、マリア」

 カピンプスがガロに言った。

「……勇者の気持ちにも気づいてました……」

 そして、ガロはそう答える。

「は? お、おい俺はノーマルだぞ……!」

「違うっすよ、勇者さん、マリアの事好きなんでしょ……」

 え、と思わずカピンプスを見る。でもカピンプスの返事はタオによって遮られた。

「もういい! 黙れ、殺してでも連れて行く!」

 ほとんど怒りに近かった。その口調に込められてる感情は。

「オレ……病気なんっす」

 タオの言葉に、ガロはそう、唐突に呟いた。

「え?」

 カピンプスが唖然とする。

「不治の病っす……」

「そんな…………」

 嫌なイメージ。アブジと重なる、細身白髪の男。

「もう、とっくの昔に余命過ぎてるんす……はは、……」

 彼は力なく笑った。

 誰も何も言えなかった。ただガロの独白を聞くしかなかった。

「限界っす……わかるんっす、自分の体っすから自分の限界って……」

「嘘よ……嘘よ……そんな……」

 どうしてこうなるんだろう。アブジが死んで。ガロも死ぬって言うの? 私の父と母を奪っておきながら、アブジもガロも奪われるの?

 思わず彼に寄りすがろうと、足を進めた。でも彼はそれを拒絶した。

「こっちに来ちゃだめっすよ、勇者さんとお幸せに…………」

 ガロは私が近づいた分だけ、一歩下がる。さらにもう一歩。私たちから離れるように。

「何をするつもりだ!」

 タオが鋭く追求する。

「陽動っす……エルフの里でたくさん仕入れた爆弾があります……」

「何ですって……!?」

 彼はこうなることを見越して……見越して、爆弾をたくさん買っていたのか。

「オレは正面から乗り込んで、これを全て爆発させます……勇者さん達はその間に裏から、侵入してください」

「……嫌よそんなの」

 私は泣き叫んだ。

「泣かないでください……オレ嬉しいんす、皆さんの力になれて……あの、自分勝手なお願いですけど……魔王倒してくださいね、絶対……」

「行かせない……私はあなたのことが――」

 好きだから。でもだめだった。私が言い切る前に、ガロは遮る。

「だめっすよ……行かせてください、みなさん。止めないでください。オレがここまで来た意味なくなるから……これはオレの運命なんっす……余命半年と告げられたあの日から……オレの運命なんっす……皆さん魔王倒したらオレのことも語り継いでくださいね……超絶イケメン盗賊ガロ様の活躍が魔王を倒す活路を開いたって」

 彼はにこりと笑ってそう言った。

「運命か……わかった止めない、そしてお前は伝説の勇者の仲間として永遠に語り継がれるだろう……」

 タオが答える。そんな……、そんなのってないよ。そんなのって……

 でもどうする事もできないし、何も言えなかった。

「……ありがとうございます、タオさん」

「カピンプス、マリア行きましょう。ガロの死を無駄にするな!」

 立ち尽くす私の手をタオはぎゅっと握りしめた。そして引っ張る。

「……でも……でも……」

 行きたくなかった。そんなのってない。

「マリア……行くぞ……倒す、絶対魔王を倒す……ガロのためにも……!」

 カピンプスも決意したようだった。あとは私だけだった。私はそんな決意なんてできなかった。でも、私の体はタオに引っ張られていた。

 最後に、最期に振り返ると、ガロの顔が見えた。彼は私の視線に気づいていないようだった。あえて見ないようにしているかもしれない。彼は泣いていた。



「そして……ガロが死んで、私たちは……魔王城城下町に入りました……」

 女はそこまで語り、話を止める。女はぼろぼろと涙を流していた。

「なるほど、あの爆発はそういうことだったのね」

 爆発。女の話を聞き、思い出すようにぽつりとフィリは呟く。勇者たちが四天王の間へ入って来る半刻前、そんな騒ぎがあった。

『続けろ』

 魔王が命令をする。

 イリスは口を挟まず、粛々と聞いていた。

「次に……次に死んだのはカピンプスでした……」

 女は語りを続ける。



 そこまで聞き終えた、ドレスのその双眸そうぼうには大粒の涙が浮かんでいた。

「私がやってきたことは、無駄だったんだ、無駄だった……結局アブジは死んで……」

 扉の向こうに居る魔王や他の魔物に気づかれないように、静かに泣く。

「無駄ではないさ」

 男はドレスの肩を叩いた。

 マリアが続きを語り始める。二人は静かにその話の続きに聴き入っていた。

 マリアは口を開く。「次に死んだのはカピンプスでした……ガロが死んだ直後……皆沈黙を守っていました……」

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