第17話 荒廃したある城下町にて

 悲惨ひさんな光景を目にした。私が勇者一行に加わって、一ヶ月半が経とうとしていた時のことだ。この一ヶ月半いろいろなことがあった。基本的に仲はいいが、アブジさんとはそりが合わなかった。しょっちゅう喧嘩していた。カピンプスさんやタオさんがその度に止めに入った。しかし全く仲が悪いというわけでもない。ちゃんと話もするし、一緒に話せば、お互いに笑いもする。

 でも、お金や名誉が動機で旅をしている彼に、私はやっぱり許せない場面が多々あった。しかし彼は意外にも、その時、私達と一緒にこの光景を悲しんだのだった。

 悲惨な光景を目にしていた。人々が倒れている。皆、歳をとった人か、子供だった。若い人は見当たらなかった。

「……」

 私は無言で立ち尽くした。何も言えなかった。死んでいるわけではない。生きている。いや生きているといっていいのだろうか? そこは城下町だ。その城下町は、建物が壊され活気が全くなく、今にも死にそうな人々が倒れている。死体もある。

「酷いな」

 カピンプスが怒りを露わに、言った。

「胸糞悪い」

 とアブジ。

「……」

 タオさんは絶句していた。

「あそこに居る人は生きてるみたいだな……話を聞いてみよう」

 アブジはその生きている人……もっとも今にも死にそうに見える老人のところへ歩いて行く。

「どうしたんだ、何故倒れている」

「水を……」

 その老人はそう呻いた。タオさんがすっと水を差し出す。

「しっかりしてください」

 私はそう言いながら回復魔法を詠唱した。

 私の回復魔法と水で、その人はなんとか話せる状態になった。

「何があったんだ?」

 アブジが訊く。

「……王様が」

「王様がどうしたんだ?」

「閉じこもってしまわれて……この国の兵士は全て城の中に、それで魔物にやられて」

「……! 酷い、そんなことを」

 タオが怒りに打ち震えた。

「今すぐ、王のところに行くぞ」

「おう!」

「ええ!」

 私たちはすぐさま王城へと向かう。しかし扉は固く閉ざされていた。

「かまうものか、アブジ、タオ力づくで!」

 カピンプスさんが叫び剣を構えた。

「ああ!」

 アブジさんとタオさんもそれぞれ構え、同時に扉を打ち壊す。

「…………!」

 眼の前に飛び込んできた光景は……城下町のそれとさして変わらなかった。

「誰もいない?」

 アブジさんがあたりを見渡す。転がる死体。生きているものは居ないようだ。ところどころ壊されている。

「とにかく人を探すんだ!」

 カピンプスさんが叫ぶ。

「……! 皆こっち!」

 タオさんが何かに気づいたようだ。私達もタオさんが居る場所へ急いだ。

 そこには倒れている人間が二人……ふたりとも傷ついている。そして怯えている。酷く怯えている。格好からして、この城の兵士であるようだった。

「これは……?」

 カピンプスさんが愕然がくぜんと彼らを見た。

「……も、モンスター!」

「くるな、くるなああああ」

 混乱している。しかし……どういうことだ。この者達が城門を閉ざしたのではないのか? だから、城下町があんな状態になったんじゃないの? 城内もめちゃくちゃじゃない……

「ひいいいい」

 そして、もう一人混乱している人間がいた。二人の兵士の後ろ、作り物の銅像の後ろに。体は傷つき、服は汚れているが……格好からしてそれは王族、いやこの国の王と知れた。

「混乱してやがる」

 アブジさんが舌打ちした。混乱……こういった状態を打破できる魔法――それを私は知っていた!

 私は呪文の詠唱に入る。タオさんは私の魔法に気づいたようだ。

 アブジさんやカピンプスさんは、回復魔法を唱えていないことに気づき、では何の魔法だ? と不思議そうに私を見た。回復魔法は回復魔法でも、この魔法は目覚めの魔法だ。

 精神的な傷を癒し、何らかの異常な状態を正常にする魔法――それを行使した。

 暖かい光が三人を包む。

「……ひいい、ここれは?」

 どうやら正気に戻ったようだ。しかし、……タオさんは、一切魔法を使えないのに、不思議と魔法の知識がある。今のだって、タオさんだけが私が何の魔法を行使するか気づいたようだ。

「王様、落ち着いてください。我々は勇者一行です。何があったのですか?」

 カピンプスさんがすかさず訊く。

「……」

 恐怖からか、まだ混乱から立ち直ってないのか王様は顔を青くさせ押し黙った。

「勇者様! 勇者様なのですか!」

 兵士の一人が声を荒げた。

「そうです」

「ま、魔物が」

 もう一人の兵士が答える。

「落ち着いて話してください」

 タオさんが優しくなだめる。

「こ、ここは国境付近の城です……魔物と常に戦って来ました。ここから北へ少し行ったところに、魔物のすみかがあります。そこを拠点に魔物たちがせめて来て……正確には……あいつらは、魔法を使って城内に通路を作りました」

「通路? そんな魔法……あるの?」

 私は首を傾げる。そんな魔法聞いたことがない。

「我々所属の魔法使いたちも、そんな魔法は知らないと言っていました。でも奴らは、現にその通路から……攻めてきて。城下町の出口付近には、我が国の兵士が魔物たちと睨み合っていますが、城下町内には戦えない一般人しか住んでいません。だから、魔物たちを外に出さないよう、城門を深く閉ざしました……でも、魔物たちにやられ、城内はこの有様……だから、お願いします、勇者様、魔物たちを」

「任せろ!」

 アブジさんが即答する。

 アブジの行動は意外だった。助けても金になるわけじゃなし。魔物に殺された人々がいることに憤りを感じているようでもあるし。

「勇者……?」

「王様、お気づきになられましたか?」

「おお……勇者よ……我々は、せめて外は守ろうと扉を閉ざしたのだ……だが……城の中はこの有様……」

「……王様、残念ながら、外も同様の状況でした」

 勇者は真実を告げた。

「そんな……」

 兵士の一人が悲嘆ひたんした。悲痛げに、悲痛げに、涙を流す。何歳だろうか。私と同じくらいの歳だ。十六、七?

「お、俺のお母さん……お父さんは……」

 そしてそんな虚しい呟き。家族……彼はもしかしたら失ったのかもしれない。大切な家族を。私のように。

「おい、悲しいのはわかるが、その通路とやらに案内してくれ。倒しに行く!」

 アブジさんが言った。デリカシーが欠片もないと思いはしたが、しかし、即刻倒さなければこの国が滅びるのも事実だった。

「わかりました、ついてきてください」

 若い兵士がよろよろと立ち上がり、私達を案内する。

 不思議と魔物には会わなかった。件の通路とやらに来てみても、魔物は居なかった。

 その通路とやらは青白い光を放っている。丸い、よくわからない空間で、うようよと波打っていた。

「何これ?」

「ふむ……空間が、そうか、空間を折り曲げているな」

 タオさんが説明する。

「そんな魔法聞いたことないです」

「聞いたこと無くても存在する、現に目の前に。これは、ある地点と地点の空間を接着する魔法のようです。扉と思えばわかりやすいでしょうか。別の空間に扉を作って、その場所へ飛んでいける」

 タオさんは淡々と説明するが、一体何者なのだろうか? 魔法全く使わない人なのに。

「おい、タオ! 理屈なんてどうでもいい。俺たちはどうすればいいんだ?」

 アブジさんがタオさんを急かす。

「簡単なことだ。まだこの魔法は生きている。ボク達がここへ飛び込めばいい」

 そしてタオさんはそう言った。

 私もカピンプスさんもアブジさんも固まる。

 この、明らかに危なそうなところに入るの?

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