第16話 旅の途中 ある村のある宿屋

「マリアはさ、どうして俺達についてきたんだ? 何故魔王を倒そうと?」

 私が勇者一行に加わって半月も経たない旅の途中のある日、ある宿屋にてそんな質問が飛んできた。前の日の夜中、夜遅くにこの村にたどり着き、久々の宿だったので、昼近くまで泥のように皆眠りこけていた。昼過ぎに起きて、風呂に入り、体を綺麗にし、買い物をし、そしてもう一泊しようということになった。昨日は疲労のためすぐに眠たが、今は休息を十分取った後で、皆ゆっくりとくつろいでいた。食堂で夕食も済ませ手持ちぶたさになった、勇者カピンプスが質問したのは、そんな時だった。

「え?」

「ボクも気になりますね。だいたい神に仕える者が、こういった血なまぐさい戦いに来ることは珍しい」

 タオさんも同じように聞いてくる。

「俺も気になるな」

 アブジさんも同じく。三人の視線が私に集まった。急に恥ずかしくなる。

「……じゃあ、逆に聞きますけど、カピンプスさんはどうして魔王を倒す旅に出ているんですか? いくら勇者の血を引くったって、断ることができたんじゃないんですか?」

 その視線の集中から逃れるため、逆に聞き返した。

「うーん、俺ってさ、お父さんが魔王に殺されてるしさ。復讐ってのもあるかな。それに俺が魔王を倒さないと、誰が倒すんだってね」

 カピンプスさんはそう答える。

「……勇者さんってカッコイイんですね」

 素直にそう思った。血というものに縛られている人生は、ちょっと嫌な気がするけど、彼はそれを辛く思っていないようだ。

「おいおい、また勇者だけかっこいいところどりかよ、姫様だって……」

 戦士アブジがブツブツと横槍を入れる。その話は気になる? 姫様と何かあったのかしら? 婚約とか?

 でも、それよりももっと気になることが、そして聞いておくべきことがあった。

「死ぬのは怖くないんですか?」

 私は正直いって怖かった。怖い。怖いけれど。でも。

 私は、……………

「うーん、そりゃ怖いさ、でも、それでもね。魔王を倒すさ。父を失った時、哀しかった。幼い俺は、本当に哀しくて……母さんもつらそうで、だから思ったんだ。こんなことが二度と起きないようにって」

 勇者は力強くそう言った。私にはその気持が痛いほどわかった。私も、両親を魔物に殺されているから。

「アブジさんは? 何故勇者と共に魔王を倒そうと思ったんですか?」

「栄誉のためだな」

 アブジさんはそう即答した。

「栄誉ですか?」

「金に栄誉、富名声。そういった物が欲しいんだ俺は」

「俗物、なんですね」

 ちょっとがっかりだ。金に名誉か。そんなもののためにこの人は命を掛けているのだろうか。

「まったく、アブジは」

 カピンプスさんが呆れたように言った。

 そうすると、アブジさんは少しむっとした表情を作る。

「俺みたいな傭兵やって生計立ててる奴はさ、浮かび上がることができないんだ。いつも濁った水の底に居るみたいでさ、見えないんだ。前に進んでも、後ろを見ても、泥水のように濁ってさ……何も見えない……分かるか? 不安定な仕事なんだよ。でもそこへ勇者が現れた。乗るしか無いって思ったね、光りさ。光がさした。ドカンと一発、魔王を倒せば俺は金持ちだ! ハイリスクハイリターン」

 アブジさんはそう豪語する。それの考えはちょっと私には分からなかった。

 ちらりとタオさんを見ると、彼はじっと押し黙って、眉間にシワを寄せている。さっきから全然喋ってない。彼は清廉せいれんそうだから、アブジさんのそんな考えに嫌気が差しているかもしれない。そう思った。

「でも、お金と死は天秤てんびんにかけないんですか?」

 私は続けて訊ねた。

「かけるさ。でもな、それでもやっぱり金の魔力はスゴイぜ。金さえあれば世の中けっこう色々出来る。世の中金さ」

「むー、そういう考えは良くないと思いますけど……」

「っは、神に祈ってお腹がふくれたら世話ないぜ」

 アブジさんはそんな事を――言った。教会に居た私にとって、それは侮辱の言葉に等しい。この人は。勇者さんと一緒にいながら、……神を否定するようなことを言う。なんでだろう。どうしてそんなことを! 許せなかった。

「なんですって!」

 自然に私の声は荒だっていた。更に何か詰問をしようと思ったが、私が口を開く前に、タオさんがアブジさんを諌める。

「アブジさん、その言葉は聞き捨てなりません」

「……」

 アブジはその言葉に押し黙った。空気が重くなる。

「おいおい、俺達は仲間だ、揉め事はやめろよ」

 カピンプスさんが慌ててそう言って、タオさんとアブジを見た。

「っち、悪かったな。俺は先に部屋に戻って寝るぜ」

 ばつが悪そうにアブジさんは、食堂を出て行った。

「……」

 私は何を言っていいか分からず、押し黙った。私のせいだ。私が変なことを聞いたから。

「許してやってください」

 タオさんが私に向かって優しく、宥めるように言った。

「あ、いえいいんです。神を信じない人がいることも承知していますし。あのタオさん、ありがとうございます」

「いえいえ」

 タオさんはとても優しい。気が利き、魔物との戦いでも、こういった日常生活でも常に周囲に気を配っている。尊敬できる人だった。十六の私が言うのも何だが、年齢は二十歳ととても若い。ちなみに、カピンプスさんが十八歳、アブジさんが二十二歳だ。

「タオさんはどうして、勇者一行に加わったんですか?」

 私は、懲りずに同じ質問を、今度はタオさんに投げかけた。勇者さんみたいに使命感のようなものがあるのだろうか?

「……運命」

 だがタオさんから返って来たのは、そんな、実に予想だにしない答だった。

「ウンメィ?」

 私は素っ頓狂すっとんきょうな裏返った声で思わず聞き返す。

「運命? なんだそりゃ? そういやお前の話、あんまり聞いたことなかったな……」

 カピンプスさんも同じくそう問うた。

「ボクは孤児院の出身です」

 そして返って来た答えはそれだった。

「……」

 思わずカピンプスさんは神妙な顔つきで、タオさんを見つめた。私も息を呑む――この人も、不幸な境遇?

「その孤児院は、いえ、孤児院というより道場でした。立派な戦士と成るための道場。ある武闘の流派だったんです。道場を孤児院に変えたといってもいいでしょうか。師父は本当に偉大な方でした。ボクは本当の両親を知りませんが……師父に育てられて幸せでした。知ってます? 武闘と魔法って実は紙一重なんです。師父は占いができました。武闘家であり占い師だったんです。その師父の占いで、私は運命を決定づけられました。私は勇者とともに魔王の元へ向かい、勇者を助け、魔王を倒すために死力を果たす」

「運命、ですか……」

 私は思わず聞き返す。運命論を語るタオさんの口調はよどみなくはっきりしている。強い意志を感じた。

「そうだったのか。でもタオ、それでいいのか? その、なんつーか、それだとお前の意思がないみたいに思えるぞ」

「そうですよ、この旅は危険なんですよ。死は怖くないんですか? 占いなんかで決めていいんですか?」

「…………。勇者さん。ボクの意思は占いとともにあります。ボクは魔王の存在を許せませんし、魔王は人間の敵です。それに伝説の勇者の子孫と一緒に旅をできる、これほどの幸福はありません。これは占いの意思でもあり、ボクの意思でもあります。師父の言うことは絶対です」

「……そうか、いや、お前は強いし、うん、お前がそれでいいならいいんだけど」

「マリアさん。死は私にとっては怖いものではありません。全てを受け入れています。私はこの旅の全てを」

「全てですか」

 釈然としなかった。運命が彼を決定づけているだって?

「そうです。旅のすべてが占いの意思。人はいずれ死にます。ボクにとっての死とは生まれた時から決定づけられた、決められた出来事なのです。早いか遅いか、それだけです」

「えーなんだそれ、なんか嫌だなその考え」

 カピンプスさんがやや不満気に言った。私も同意見だった。なんだそれ。運命によって決定づけられている?

「この国の歴史に比べたら人間の一生など、米粒同然ですよ」

「……」

 やっぱり釈然としなかった。より一層、タオさんの言っている事が分からなくなる。

「もちろん死にたいと思ったことはありませんよ。はは、あまり深く考えないでください。こういうやつが世の中にいてもいいでしょう」

「哲学だなぁ」

 と、カピンプス。確かに。哲学的な問題だ。私には難しくて分からないし、なんだか分かりたくないな。

「それでマリアさんはどうしてボク達と旅を?」

 タオさんはひと通り話を終えると、私を見た。とうとう私の番か。うぬぬ、お流れにならなかった。

 言いたくはないことだったけど、でもカピンプスさんもタオさんも、そしてあのアブジさんも話したんだ。私も話さなきゃ。

「…………カピンプスさんと理由は似ているかもしれません、境遇はタオさんと同じかもしれません、私は……両親を幼くして無くしました」

「……そっか……あの、辛たっから無理に話さなくてもいいぞ」

 カピンプスさんはそう言った。彼は優しい。いや、彼も優しい。カピンプスさんがそう言わなければ、タオさんがそう言ったのだろう。

「いえ、皆さん話してくれましたし私も話します。私、魔物に両親を殺されたんです。それで、教会に保護されました。教会のもとで暮らし、毎日毎日神様にお祈りをしていました。教会には私と同じ境遇の子たちがたくさんいました。私は毎日憎悪と戦っていました。神父様は、憎しみはいけないと言っていました。でも私は魔物を憎まずにはいられなかった。他の子供達の悲痛な叫びを、私は身近で聞いていました。毎日毎日……友だちとして。教会に悲嘆ひたんを訴える子どもたちが来るんです。話を聞くだけでも、両親や友人を失った人々の精神的な支えとなります。そして、私が大きくなるにつれて、今度は母親として、聞いていました。私は、あの小さな子どもたちの母親代わりだったんです。両親を失った、私と同じように……両親を失った彼らの。彼ら彼女ら小さな魂の叫びを、いつも聞いていました。私はおかしいと思いました。そして許せませんでした。魔王の存在を」

 一気に喋った。私の理由を。それが私の理由だった。

 あの教会での生活。悲嘆と哀愁、それらが渦巻く子どもたちの悲痛な顔。そんなのは嫌だった。皆に笑って欲しかった。

「そうですか、それが理由なんですね」

 タオさんの声は酷く優しかった。そして、私は気づく。私は泣いていた。ボロボロと涙を零していた。

「はい」

 私はできるだけ泣いている自分に気づいていないふりをして、答えた。

「辛かったんだな、一緒に必ず倒すぞ。魔王を」

 カピンプスさんは言った。

「はい」

 仲間だ。仲間がここにいる。私は魔王を倒すのだ。

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