第三章 呪われし修道女の章

第12話 魔女の傾聴

 年も暮れ。北の大地では寒さが一層強まっている。

 北の大地、霊山イゲル。その山奥にできた洞窟に、二人は居た。

「ようやく見つけたわ」

「そうだな、早く行かなければ」

 二人はそう言葉を交わす。

 他方は、黒い三角帽子に黒いローブをまとった赤髪の女。

 もう一方は甲冑に身を包んだ男だった。二人は温泉街で出会った。

 彼らは薄暗い洞窟の中に居る。男は禍々しい紫色に輝くなにかを手中にしていた。

 それは剣のようにも思えたが、何かのエネルギー体がごとき様相で、要領を得ない。形が定まらない。うねうねと脈打ち動いている。

「急ぎましょう」

「ああ、そうだな。魔王……魔王を倒さなければな」

 男は紫色の禍々しいそれを見つめ、煩悶の表情で決意を述べる。



 二人は、魔王城の最深部まで難なく侵入した。二人は相当の実力者ではあったが、理由はそれだけではない。城内は既に荒らされていたのだ。二人よりも先に何者かが闖入ちんにゅうしたのだ。

「遅かった……」

 赤髪の女は、歯を食いしばり、悔しそうに言った。

「まだ分からない、行こう」

 男が促す。

 通路には幾多もの魔物の死体が累々るいるいと積み上げられている。破壊痕はかいこんがあちらこちらに見受けられた。壮絶な戦いが容易に想像できた。

「お願い……勇者、タオ、アブジ……生きていて」

 女は祈るように言う。

 一際大きな巨体が床には横たわっている。荘厳そうごんな雰囲気をかもす広間だった。

「ここが魔王の部屋? あれが魔王か?」

 男が疑念を口にする。確かにその死体は魔王然とした風格を備えていそうに思えた。だが違う。そんな確信が、女にはあった。

「違うわ、別にいるはず。どこか、別の部屋を探しましょう」

 その時、一際大きな破裂音が響く。今二人が居る部屋のすぐ近くだ。その方向を向くと、みすぼらしい扉が目についた。扉の先は長い通路となっている。

「この先か?」

 女は無言で歩みを進める。通路の奥には扉があった。その扉をそっと開ける。

 だが、完全には開けなかった。向こうの部屋、扉を塞ぐように二匹の魔物が立ちふさがっていたからだ。

 女と男は無言で部屋の中をのぞき込んだ。二人はそこで壮絶な光景を目にする。

(そんな、なんで、なんで……)

 闘っているのは魔王らしき存在と、女が一人。

 勇者ではない。武闘家タオもいない。戦士アブジもいない。かつてドレスが居た頃のメンバーは一人もいない。

 見知らぬ女がたった一人、魔王に戦いを挑んでいる光景だった。

 勇者は? アブジは? タオは? 彼らはどこなのだ?

 ふと、部屋の隅に棺桶かんおけが置かれているのに気付く。棺桶かんおけの数は三つだった。勇者、タオ、アブジ……数は合う。皆死んでしまったのか。

 いや、だが奇妙な事に気付いた。あの女、あの女は、おかしい。あの女のたましいはいびつだ。あの女は……もしかして……。

 ドレスはじっと目を凝らす。彼女にはたましいが見えるのだ。彼女が持って生まれた才能だった。

 戦う女。彼女には、いくつかのたましいが混ざっている。あれはなんだ。

 二人の戦いは熾烈しれつを極めていたが、魔王が押しているように思えた。今女は、地面に縫い付けられたように動けなくなってしまった。魔王の魔法だというのがドレスには分かった。

『興味がある。女よ、お前は今までどんな旅をしてきた? 如何にして四天王を打倒しうる力を手に入れた? その魔法の源は何だ? お前の背後の棺桶、何故そんな荷物をお前は持っている?』

 魔王が女に問う。魔王の姿は判然としない。何か大きな布に包まれている。あれが魔王? ドレスは目を凝らすが魔王のたましいは見えない。

「あなたが興味あっても、喋るはずないでしょう! あなたは今から死ぬの。冥土の土産も残さない!」

 女は叫んだ。

『話せ――旅だ、お前の旅を話せ』

「……!」

『分かっているだろう、お前は……話なせええええええええええええええええええ! おまああああああああああああええええええええはああああああああああああああ』

「何……何これ……」

 思わずドレスは呟く。

 傍から見ると何が起っているかはわからなかった。

 女は苦しそうにうずくまっている。

 魔王が何か魔法を?

 しかし魔王は、ほんの一言二言囁いていただけだ。

「旅……?」

『そう、お前はどこで勇者に出会い、どんな旅をしてきた?』

「……わたし……の……たび?」

『そう、お前の旅だ』

「私は……」

 女は口を開く。ドレスは固唾をのみ、女の話を傾聴する。勇者やタオ、戦士はどうなったというのだ。

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