第11話 魔女と勇者の別れ

 勇者……皆……。

 夢を見た。果てしない夢だ。昨日のようで遠い過去の記憶だ。

 全てを失ったあの日の記憶。氷の中の記憶。それに甘く幸せハッシュ村での五年間。そしてクエトの死。そして魔王討伐の旅と挫折ざせつ。その後の悲劇。遠い昔の記憶。そして昨日のような記憶。さまざまな記憶が相混あいまぜになり、ドレスは困惑をする。嫌な夢でもあり素敵な夢でもあった。

「どうしたんだ?」

 勇者が彼女の顔をのぞき込んだ。

「……いいえ、懐かしい夢を見たの」

 彼女は答える。

「おいおい、魔法使いさんよ。このパーティーの要なんだからしっかりしてくれよ。餓鬼じゃあるまいし、懐かしい夢くらいで泣くなよ。ママでも恋しくなったのか?」

 屈強な男が下品な笑い声を挙げた。何でもない、と彼女は答える。

 そこで自分は泣いていたのだと初めて気づいた。

 あの夢。昔の夢だ。あの夢の中で自分は必死だった。何故ならすべてを失っていたから。だから目的を遂げるために一心不乱だった。

 懐かしい夢。嫌な思い出でしかない夢。

 彼女には不安がある。

 今、勇者一行は魔王を討伐する旅に出ていた。

 しかしドレスは思うのだ。このまま、魔王に戦いを挑んでも、勇者一行は全滅するのではないだろうか。あいつに全てをぶち壊されるのではないだろうか。そんな不安があった。

 このままではあの時と何も変わらないのだ。いや、状況は、むしろ悪いと言える。

「こらこら、アブジさん。女の子にそういう物言いは感心しませんね」

 細身の男タオが、屈強な男を嗜めた。

「悪いな、ドレス。俺はこういう性格なんでね」

 屈託ない笑顔で戦士アブジが言う。

 その顔を見ると、再び涙が込み上げそうになる。アーキュラスはそれを抑えた。

 涙が込み上げる理由は、アブジの死を今思うたからだ。だが実際は、アブジは眼前に五体満足で立っている。彼は死んでいない。

「そう言えば、ここら辺に温泉街があるらしいぜ。そこに寄ろう」

 勇者が声を張り上げる。

「お、いいな! ちょっと休憩だ」

 アブジが頷いた。二人は張り切り前方を歩く。

 ドレスはため息を吐く。

 勇者一行が、いや、彼女が魔王に戦いを挑むのはこれが初めてではない。既に幾度か挑んでいる。結果は微妙と言っていい。勝ち負けで言えば、勝ちだ。確かに魔王は倒した。その首を討ち取った。だが……。だが……。仲間が無事というわけではなかった。それに……あいつが。あいつのせいで、全てが台無しになった。

 再びあいつと会いまみえた時、果たしてこの勇者一行はあいつを殺せるのだろうか。そんな不安が彼女にはあるのだ。

「どうしました?」

 武闘家タオがドレスを覗き込む。

「何でもないわ」

 アーキュラスは自然な表情を努めて作り、そう答えた。ただ自然な表情を作れた自信はなかった。この勇者一行の中で、武闘家タオが最も慧眼けいがんであり、賢く抜け目ない。いつか自分の本質が見抜かれるのではないか。ドレスはそんな不安を抱えていた。

 皆には自分のことを知ってほしくはなかった。たとえ魔王を倒した後でも、だ。

「ねえ、タオ。この四人で魔王を倒すつもり?」

「ん? どうでしょう、勇者さんに聞いてみないとそれは分かりませんけど。確かに四人で魔王を倒すなんて、無謀かもしれませんね。魔法が使えるのはあなただけですし」

 タオは答える。

 そうだ、無謀だ。足りない。この人数ではだめだ。足りない。あと二人足りない。

 以前戦いを挑んだ時は、六人居たはずだ。

 だがしかし……ドレスはその点においても自信がない。実際のところ、魔王とはドレス一人で戦うべきではないだろうか。そんな思いを抱いている。勇者もアブジも、タオも、闘わせるべきではない。そうだ、無暗に人数を揃えたところであいつに殺されてしまうかもしれなかった。

 仲間を失うのは嫌だ。それが嫌だからこそ、自分は覚悟をもって魔王討伐に臨んでいるのではないか。

 だから自分は一人で、魔王を倒すべきではないか?

「ドレス」

 タオが肩を叩いた。

「え?」

 振り返ると、タオが穏やかな表情でドレスを見つめている。

「何があったかは分かりません。貴女あなたは頑なに自身の出自を言わない。孤独を抱えているように見える。でも、ボクらは仲間です。一緒に魔王を倒す仲間ですよ」

 まるで心を見抜かれたようだ。ドレスはそう感じた。それにタオからは何か親近感と言うか懐かしいものを感じる。勇者や戦士アブジ以上にタオと自分のつながりは強い。そうドレスは感じていた。

 途端に泣きたくなった。この感覚は何だろう。

 タオ、お前は何者なのだ。私こそが全てのたましいを見抜く者なのに。お前は何故、私の心を見透かしている。

 泣きそうになるのをこらえ、ありがとう、と礼を言う。だが声は出なかった。

「じゃ、温泉行きましょうか」

 柔和な笑顔で、タオが手を引いた。ドレスは無言で頷き、顔を伏せた。

 そうだ、何を血迷っている。私は魔王を倒す。勇者一行で魔王を倒す。だからここへ来たのではないか。だから勇者を求めたのではないか。一人で倒すつもりならばあの時既に……。

 ドレスは固く決意をする。この勇者一行で、このパーティーで魔王を倒すのだ。

 しかし、それには人数が足りない。あと二人必要だ。それを勇者に進言しよう。

 温泉街に到着する。最近夜盗が出たという事で、門は厳重に閉じられていた。しかし、勇者一行は既に名が知れていた。すんなりと、門を通り抜ける。

 ドレスは何気なくそこに立っていた門番に目をやった。門番もドレスを見た。二人の視線が衝突する。

(そんな、馬鹿な!)

 ドレスは、辛うじて声には出さず、心の内でそう叫んだ。

 どうしてこの男がここに居るのだ。と。今、ここに、存在しているのだ、と。

 

 

 その温泉街チピリタの街に勇者一行は数日逗留とうりゅうすることとなる。そして出立する勇者一行の中に、ドレスの姿はなく、勇者、戦士アブジ、武闘家タオ彼らは三人でチピリタの街を出発したのだった。



 そして時は過ぎ、年の暮れ、勇者一行が攻め込んだという伝令が、魔王城を騒がすこととなった。

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