第5話 四天王アル・バジャラ

「何、アゾテックがやられただと? ならば勇者一行はここに来るのか」

 報告を聞いているのはキメラだった。ある生物と生物の合成。その結果生まれたものの総称をキメラと言った。

 キメラは機械族と同じく、魔物の中では弾かれものだった。混血や混ざり者などと揶揄やゆされた。ことにそのキメラは、小さな鳥とある魔物の合成で、体が小さく醜いそんな存在だった。かたや報告するのは、鳥の王者ロック鳥である。魔物の中でも気品あふれる、大きな鳥だ。しかしその鳥は、この矮小わいしょうのキメラに恭しい態度で接していた。このキメラこそ四天王の一人アル・バジャラなのだ。

「しかし報告だと、勇者一行とはいいうものの、女一人しかおらず、しかもそいつは勇者ではないとのことです。女は棺桶かんおけを三つ引きずりながらこちらへ向かってきているようです」

棺桶かんおけ? なるほど、心得たわ。大方、他の者はアゾテックにやられ、その女だけが残ったのだろう」

 小さな嘴をニヤリと歪ませる。

「随分死闘を繰り広げたのだな、人間ごときが四天王相手にようやりよるわ、……否、人間ごときにやられるとは四天王の面汚しよ。所詮、魔法も使えぬただの機械、我ら魔族と肩を並べるのも片腹痛い」

 アル・バジャラは笑いながら言った。蔑視べっしされているキメラ種ではあるものの、それでも、いや……だからこそ機械族に対してより強い侮蔑の感情があり、ことアゾテックとアル・バジャラの仲はあまりよろしくなかった。

「そうでございますね」

 ロック鳥はあざけりに同調する。ロック鳥は、このみにく矮躯わいくのキメラに、恭しい態度で接する。当然だ。事実尊敬しているし、忠誠を誓っているからだ。強大な魔力を持つキメラ。四天王という誉れある地位にあるキメラ、アル・バジャラ。ロック鳥は、いや、他のキメラや鳥族など、彼の者の直属の部下は皆、このアル・バジャラを慕っている。他人を見下す嫌な性格ではあるが、部下には優しく、部下に限って言えば人望があった。

「魔王覚悟!」

 突如として扉が、爆発する。そして飛び込んでくるのは、女だった。黒色の長い髪をはためかせ、白い修道着のようなものを着ている。

 こいつが例の女だ。アル・バジャラもロック鳥も一瞬で悟る。

「残念ながら私は魔王ではない。魔王様の手を煩わすまでもなくこの私四天王アル・バジャラがほうむってあげましょう」

 キメラは笑いながら戦闘態勢に入る。相手は、見たところ魔法使いのようだ。あるいは僧侶の類か。いずれにせよ、魔法がメインになるのだろう。魔法合戦において、負ける気はしない。魔法において魔王を除けば唯一、勝てる気がしない相手は四天王の一人だけである。その二人を除けば、己以上の魔法の使い手は居ないだろう。そして四天王最強のあやつもいずれ己が凌駕りょうがするのだ。そういった自負がある。

「アル・バジャラ様、こんな女ごときアル・バジャラ様が出るまでもありません。この、私めにどうか」

 ロック鳥はうやうやしく奏上そうじょうを述べる。うむ、それもいいかもしれない。アル・バジャラはそう思ったが、そう思った時に既に件の女は呪文の詠唱に入っていた。

「煩いわね」

 そう言うと同時に、女の口から放たれたのは【絶死】の呪文だった。おぞましき呪いの呪文だ。その文言は、空気を震わせ部屋中に響き渡る。

 死の魔法。女は、突如として、この空間を死の空間へと変容させたのだ。

 ロック鳥は断末魔を挙げることすら許されず、床の上に、静かに倒れ、伏せた。あっさりと死んだのだ。

 なるほど、こいつは油断ならぬ敵だ。アル・バジャラはそれを認めた。

 だが死の魔法、それは誰彼もに通用するものではない。アル・バジャラのように魔法を極めし者ほど、そういった類の呪文は受け付けない。

「見たところ修道女のように見えるが……神に仕える者が、なんとも恐ろしい呪文を。だが私には効かん。アゾテックをやっていい気になっているようだが、奴は四天王の中でも……」

 ――最弱。

 そう言おうとしていた。だが許されなかった。

 女は何の予備動作もなしに、アル・バジャラに肉薄し、右手で持つ杖を上から振り下ろしてきたのだった。痛烈な一撃だった。アル・バジャラは床に叩きつけられる。

(……! なんて重くて早い攻撃……! こいつ、魔法使いではないのか? とりあえず、魔法で距離を取らねば……!)

 アル・バジャラは簡易詠唱をし、吹雪の呪文を唱えた。氷と雪とそれから冷たい空気が、即座に凝結され、女に向かっていく。氷雪系の強大、強力な【極大雪氷】という呪文だが、アル・バジャラほどの魔法使いにかかれば簡易詠唱だけで発動できる。

 が、その呪文は、竜巻によって巻き上げられた。巨大な風とかまいたちのむれが、防御壁のようにアル・バジャラと女を隔て、氷雪魔法を飲み込む。そして、その勢いは留まることを知らずアル・バジャラを襲った。

(馬鹿な! 私の魔法が押されているだと……!)

 回復をしなければ。即座に思い立ったのは、回復魔法だった。回復魔法、その中でも瞬時に体の傷を癒す最上級の魔法だ。

 回復系等には体の中の新陳代謝の能力を増幅させたり、血液の流れを活発化させたりと、回復能力を高めるものと、瞬時に止血したり、ダメージをなかったことにしてくれる、そういった二タイプが有る。

 後者のほうが当然高度で難しい。無論、魔法においてその才能が認められ、魔王によって四天王に起用されたアル・バジャラにとっては造作も無いことだった。そのはずだった。

 だが、

「な、術が発動しない? いや魔法は発動しているのに……! 何故?」

 体のダメージは消え去らなかった。確かに魔法が発動している感触は有る。成功しているはずだ。魔法において、アル・バジャラはプロだ。こんな逼迫ひっぱくした状況でも、失敗はしない。しかし、実際には、回復していない。

 あの女が追撃で呪文を詠唱していた。また竜巻の呪文だ。

 まずい。だが為す術がなかった。女の呪文は完成し、アル・バジャラはせめてもと、今度は簡易詠唱の火炎系の呪文で対抗した。

 だが、女は正式な詠唱、アル・バジャラは簡易詠唱。その差は歴然で、火炎呪文は竜巻の中に消えていく。そして竜巻は再びアル・バジャラを襲った。

 回復だ。回復しなければ!

「【アラ・アッサラット】!」

 アル・バジャラはそう叫んだ。今度は、【アラ・アッサラット】というアル・バジャラが独自に編み出した回復魔法だった。一般に流布する魔法と性質が異なる。前述の二系統の回復魔法の両方を兼ね備えた魔法だった。

 体中の新陳代謝を高め、更に体中の傷を瞬時に癒してくれる。瞬間的な回復と継続的な回復能力を高めるそんな魔法だった。もしやあの女が何らかの対抗呪文で回復魔法を防いだのでは、という結論に至ったため、それならオリジナルを使えばいいという帰結だった。

 だが、

「何故だ! 発動している、この魔法は発動しているのに、回復しない……?」

 アル・バジャラは絶叫した。この魔法はアル・バジャラが独自に編み出したもので、防がれるということはありえないはずだ。

「呪いよ」

 凛とした声が透き通り、アル・バジャラを射抜くように響く。

「呪い……?」

「そう、私のこの杖に殴られた者は傷がえないという呪いにかかるの」

「馬鹿な……」

 そんな話聞いたことがなかった。確かに魔族の中にはそういった類の呪いを専門にしている者もいるし、魔法の中にそういった魔法がないわけでもない。しかし、杖に殴られただけで? 呪われる? そして回復魔法が一切効かない呪い? そんな話、聞いたことがない。ましてや相手は人間の、しかも神に仕える女だ。

「神に仕えるお前がどうしてそのような技を……!」

「神? 魔王を倒す旅に出てから、私は幾多の生物を殺してきたわ。今更神に仕えることもできないし、あの日から、私はもう神に祈ってないわ」

 女はそう言って杖を構えた。

「【アラ・アッサラット】!」

 アル・バジャラは自分が編み出した魔法を唱えた。行使した。だが体の傷はえない。

「【アラ・アッサラット】!」

 無駄だとは思えなかった。女の話を信じられなかった。だから復唱した。しかし効果はなかった。

「【アラ・アッサラット】!」

 やはり無駄だった。

「【アラ・アッサラット】! 嘘だ……頼む……【アラ・アッサラット】!……回復してくれ……!」

 だが、効果は全くなかった。体は回復しない。痛みも消えない。ただ恐怖だけが増幅し、心と身体の痛みを圧迫していく。

「さようなら、あなたアゾテックよりも弱かったわよ」

 女は最期に言い放ち、その杖を振り下ろす。

 グシャリと鈍い音が響いて、アル・バジャラはキメラとしての生涯を終わらせたのだった。き散る緑色の血とともに、冷たい床の上に砕け散った。

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