第一章 忠実なる四天王の章

第4話 四天王アゾテック

 女だった。女が一人こちらへ歩いて行く。勇者一行だ。

「よくぞここまできた。だが魔王様のもとにはいかせん、この四天王アゾテックがお相手しよう。さあこい勇者達よ! …………勇者?」

 アゾテックは朗々ろうろうと決まり文句を読み上げたものの、すぐさま首を傾げざるを得なかった。勇者一行が城に攻め入っている――そう聞いたのだが、実際は女が一人立っているだけだった。

 女と対峙するアゾテックは四天王の一人だった。彼は機械仕掛のモンスターだ。機械でありながら魔物でも有る。その原来げんらいは不明であり、それ故魔族界では不遇を受けていた。そんな中、アゾテックは四天王に任命される。現魔王に感謝した。機械仕掛けの我々にも、魔王様は機会を与えてくれたのだと。だから、人間どもは誰も通さぬ。魔王様の命令は絶対で、ここは死守する。

 そう意気込んでいたのだが、実際は女が一人やってきただけで肩透かしを食らったのだ。

「機械仕掛のモンスターね、城の外で沢山殺したわ」

 女はそう言い放った。なるほど、そうやってこちらに怒りや憎しみの感情を引き起こす作戦らしかった。女一人で、さすがに勝てないと思ってのことのことだろうか。策士だ、と思う。

 だがアゾテックにそんなものは通用しない。機械だからだ。確かに憎しみや怒りの感情は有る。同胞や部下を沢山殺された。許せない。だが冷静だ。冷静に女を分析する。

 見たところ、女は棺桶かんおけを三つ引きずっている。

 ――棺桶かんおけ

 ぴん、と来た。なるほど、やはりこれは勇者一行なのだろう。だが、この女を残して他のメンバーは皆死んでしまった。健気けなげな女はそれでも、前進することをやめず魔王討伐を志している。それだけのことだ。

「そこらのやつと一緒にするな!」

 アゾテックは吠える。剣を引き抜く。

棺桶かんおけを三つ引きずっているところを見ると勇者達は貧弱なお前を残し死んだのだな」

 女は見たところ、魔法使いのように見えた。杖を持っている。茶色と黒の杖。杖先に黒色の宝石がはめ込まれている。しかし服装は、神に仕える者のようだ。白い装束姿、十字架を首から下げている。修道女、そういった類だろう。

「神に使える者か。では、神に祈る時間を与えよう、お前はここで死ぬのだから」

 アゾテックはそう言い放った。そしてもう一本剣を引き抜く。二刀流だ。アゾテックは機動性に自信がある。正確な攻撃を繰り出す事が可能で、力も魔王軍の中でもトップクラスと言ってよい。自信は当然あった。アゾテックの機械的な脳裏には、この女を一撃で真っ二つにするヴィジョンが映しだされていた。

「そんな時間要らないわ」

 女はそう言った。言ったと同時に棺桶かんおけを引っ張るひもから手を放した。同時に跳んでいた。

 アゾテックも咄嗟とっさに、後ろに跳んだ。

(……! 早い……! この女、僧侶の類ではないのか!?)

 驚愕しながら、女の攻撃をかわす。一般に魔法を使う者は体力や力、素早さに劣る。この世には体力と魔法いずれも極めるような化け物も居ることは居るが極希だ。

 見るからに弱そうな女、しかも魔法使い系統に思えたそれが。いとも簡単に、アゾテックを捉え、反撃を許さぬ攻撃を繰り出していたのだ。

「速さには自信があるようだな! だが!」

 アゾテックは再び吠える。間合いを取り、剣を収め、弓を構える。背中には弓の武器も背負っていた。わずかな動作で放つ弓は、しかし確かな重みと威力を備えていた。が、外れる。

 しかし放たれる弓は二発。残りの一発は確かにその女に命中した。

 アゾテックは跳ぶ。

 弓矢を投げ捨て、再び剣を引き抜く。二刀流で女に斬りかかる。

 確かな手応えを感じた。しかし油断なく間合いを取り、女に向かい合う。女は立っていた。

「は――」

 自分のすぐそばに。振り返ったら、もうそこに居た。

「痛いわね」

 女が杖を振るった。ただの木の杖に見えた。しかしその一撃はアゾテックの右足を粉砕した。

「ぐわあああああああ!」

 機械と言えども生きている。痛覚も有る。アゾテックの叫び声が木霊こだまする。反射的にアゾテックは残った左足で、飛び退いていた。

 だが、追撃が跳んできた。女は武器としていた杖を放り投げた。それはいともたやすく、まるで引き込まれるかのごとくアゾテックの左足を粉砕した。

 ありえない。こんな人間ありえない。杖を投擲とうてきだと! ……アゾテックは頭の中をフルに働かせ、活路を見出そうとしていた。

「速さには自信があるようね。でも足を壊したら動けないでしょう」

 女は笑いながらゆっくりとこちらに歩いて行く。

 アゾテックはまだ敗北にうちひしがれたわけではなかった。勝機を伺っている。床に無様に転がりながらも、剣を構えている。そして射程に入った女に斬りつけた。女は避けもしなかった。微動びどうだにせずその剣を受け止めた。

「そんな攻撃効かないわ」

 女は杖を拾い上げ、アゾテックの右腕を殴打した。粉砕音がけたたましく鳴り響いた。

「これで大した攻撃はできないでしょう」

 笑い顔は、ぞっとするほど、ぞっとするほど美しかった。アゾテックはモンスターながら、機械ながらそう思った。

「貴様、女なのに、僧侶なのに、なんて攻撃力……! 何者だ!」

 死ぬその瞬間までアゾテックは毅然きぜんと構えた。

 女は言った。

「勇者一行よ」

 女の杖が振り下ろされる。アゾテックは残った左手で剣撃を放った。

 アゾテックの頭部は粉砕された。けたたましい機械音が、それは断末魔のようで、部屋に響き、血の代わりにオレンジ色のオイルが、ぴちゃりと床に弾けた。

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