第8話 鐘が鳴る2

 羅門達は流水るみ真理亜まりあを家まで送って、それから一価いっかのアパートまで戻った。

 足がいつも歩く倍疲れているのは気のせいだろうか。

「ビールでええ?」

 一価が冷蔵庫から冷えたビールを出してくれる。

 結局、祭りでは何も買わずに、彼女たちの帰宅が遅くならないようにすぐに送って帰ったので、小腹も減っている上に喉もカラカラだ。

「先、俺、風呂借りるわ。ついでに着替えも貸して」

 千嘉ちかが一価に言うと、一価はごそごそと干して取り込んだままの洗濯物の山からジャージとTシャツを取り出して千嘉に投げた。

「さんきゅ」

 千嘉が風呂場に消えると、羅門と一価は缶のままのビールで乾杯した。

「何か食い物あったかな」

 一価が冷蔵庫の中をあさって、唐揚げ、冷奴、枝豆にキムチとチーズを出してきた。

「あとはコンビニ行くしか食糧確保しょくりょうかくほすべはない」

 一価は言いながら、テレビをつけた。

 画面からは恋愛ドラマが熱を帯びて放映されている。

 見るともなしに見ながら、羅門は一価の出してくれた枝豆を口に入れながらポケットに財布があるか確認して、立ち上がった。

「何か買ってくるわ。欲しいもんあるか?」

「じゃあ、俺、餃子。それと肉系の弁当」

 一価は嬉しそうに言い、テレビに映る女優に目を向けたままごくごくビールを飲んだ。

「わかった。野菜弁当な」

 羅門がけ負って玄関を出た。

 一価のアパートからコンビニはすぐ近くで、顔見知りの大学生も多く利用している。

 羅門は焼き肉弁当とラーメンや餃子、お好み焼きをかごに入れ、それからヨーグルトやお団子などの甘味を幾つか入れてレジに向かった。一価の冷蔵庫には飲み物だけは選びたい放題あるので、食べ物だけにする。

 レジでお金を払って、軽くなった財布を気にしながらアパートへ戻ると、一価と千嘉が揃ってテレビに釘付けになっていた。

 後ろからのぞくと、教会の鐘が鳴っているシーンだ。

 一体何事かと見ていると、羅門の頭に葬儀そうぎのイメージが浮かぶ。重々おもおもしい空気に息が詰まりそうになる。

 はあっと無理矢理息を吐きだして、羅門が呼吸を整えると、一価と千嘉が振り返って不思議そうに羅門を見ている。テレビの画面は幸せそうな結婚式のシーンだ。純白の花嫁の背には、まだ鐘が鳴っている。

 今のは何だったのだろう、と羅門がテレビ画面を呆然と見ている。

「どうした?羅門らもん

 千嘉が心配そうに問うが、羅門は何でもない、と言って微笑んだ。

「ほら、これ」

 買って来た食料をちゃぶ台に並べると、一価がすぐに食いついた。

「いただきまーす」

 がっつきながら、一価が心ここに在らずの羅門を見て不安そうな顔になる。

 何しろ、羅門は「呪い」のせいで道路に飛び出そうとしたり、という前科持ちで目が離せない。

「羅門、食べへんの?」

 千嘉も気遣うような目で尋ねる。

「プリンも買ってきたらよかったな」

 そんなことを呟きながら、餃子に箸を伸ばす羅門だったが、急にしかめ面になる。

「なんや、なんや。お前の異変は怖いわ」

 一価が箸を置いて、羅門の顔をのぞく。

「ごめん、何か鐘の音が頭の中に響いてて。さっき、テレビでやってたやろ?」

 こめかみを押さえて羅門が言うと、一価と千嘉が顔を見合わせる。

「ああ、あの結婚式の?千嘉の結婚式もあんな鐘のある教会ですんのかって言ってたやつやろ?」

 二人のイメージは華やかな結婚式だが、羅門の鐘の音は暗い。

「ああ、そうか。鐘って教会やな。寺と違うか」

 羅門はますます険しい顔で言う。

「いや、寺にも鐘はあるやんか。除夜の鐘とか、つかしてくれるとこあるやん?」

 千嘉は羅門の異変に冷静に対処しようと、まずは羅門の首筋に手を当てて熱がないか見る。

「お前、なんか病気あるんか?それとも最近変な薬飲んだりとか」

「羅門にそんなんあらへんって」

 千嘉は一般的な原因を探ろうとしているが、すぐに一価が否定する。

「風丈さん呼ぼか?どうやって連絡取ればいい?」

 一価が尋ねると羅門は首を振った。

「いい、大丈夫やし」

 顔をあげた羅門に、一価と千嘉が息を呑んだ。

「羅門、お前…」

 千嘉が羅門の目に手を伸ばす。熱を発しているわけでもなく、見えていないわけでもないようだ。

 彼の目は黄金の縁取りに、血のような真紅に染まっていた。

「なに?」

 羅門が辛そうに言う。

「いや。頭が痛いとかは?鐘の音が響くだけか?」

 千嘉は羅門の瞳を見ながら尋ねる。

「音だけや。でも、不思議やな。お前の声はちゃんと聞こえてるのに鐘の音はうるさいくらいに鳴ってるわ。なんや、これ」

 羅門は目を閉じた。

 それからふう、と息を吐き、再び目を開ける。

 今度は薄い茶色のいつもの目だった。

 ホッとして一価も千嘉も顔を見合わせて頷き合う。

「音、消えたんか」

 千嘉が尋ねると、羅門は頷いた。

「なんやったんかな」

 もう一度大きく息を吐いて、羅門は飲みかけのぬるくなったビールを飲み干した。

「今回のキーワードは鐘か」

 一価が探偵風に考えるポーズで言うが、他に何もアイデアはなさそうだ。

「結婚式の鐘なら千嘉がもうすぐやけどなあ」

 そう言って、一価は餃子を口に運んだ。

「どんな音?寺の鐘って言ってたけど」

 千嘉が問うと、羅門はうーん、と唸る。

「とにかく音が煩くてかなんかった、くらいしかわからんわ。それと、重々しい雰囲気が見えた。たぶん、葬式の」

 羅門は言葉を紡いで浮かない顔をした。

「葬式の鐘ってかなんな」

 一価は言いながら、羅門の食べかけのお好み焼きを食べてしまった。あ、と言う顔で一価を見て、羅門は最後の一個の餃子に一価よりも先に箸を伸ばした。

 最後の餃子が羅門の口に入るのを惜しそうに見ながら、一価は新しい缶ビールを出して彼に渡した。

「とりあえず、風丈さんに報告だけしときや」

 一価は気楽に言い、またテレビのドラマに夢中になる。

 羅門もビール片手にぼうっとテレビを見ている。そんな彼の様子を気にしつつ、千嘉はさっき見た彼の瞳と葬儀を思い起こす鐘について考えていた。

「なあ、葬式で鐘を鳴らすのは寺じゃないよな」

 千嘉がポツリと漏らした。

 以前、羅門が呪いのせいで車道に飛び出した時、金色の刀を手に持った彼の腕に触れた時を思い出した。あの時に見えたイメージが、葬式のようなものだったのだ。

「そういや、そうやな。教会か」

 一価も千嘉の言葉に同意して羅門を見る。

「え、じゃあ、洋式の葬式?」

 羅門はイメージを思い出しながら言うが、よくわからない、という顔だ。

「洋式って」

 一価が吹き出す。きっとトイレの洋式と想像したに違いない。羅門は一価に呆れた目を向けた。

「なんやねん、そのアホを見る目は」

 一価が抗議するが、羅門は笑って流した。

「となると、日本のモノに狙われてるんやなくて、西洋のモノに羅門が狙われている可能性があるってことやろ」

 千嘉は羅門の目を見ながら言い、その瞳の色が変らないことを願った。

「狙われてるとは限らへんけどな」

 羅門は言いながらも、何か不安がつきまとうのを否定できない。

「よっしゃ、俺らが守ったるし、大船に乗った気でおりや」

 一価がドンと胸を叩いて言ったが、千嘉の難しい表情の前にあえなく撃沈した。

「なんか思い当たる事でもある?」

 一価の問いに、千嘉は首を横に振った。

「なんもない。けどな、風丈さんは日本の神様なんやろ?じゃあ、なんで西洋の鐘が関係してくんのか気になってな」

 千嘉はスマホを繰って、何やら調べだした。

 羅門は友人想いの彼らを有難く思いながらも、ウトウトとし始める。

 とうとう寝入ってしまった羅門に、一価がツンツン、と指で探りを入れる。

「寝てるわ。狙われてんのに度胸があるって言うか、豪胆やな、羅門は」

 一価は羅門を引きずって、布団の上に転がす。

「家に言うてきてんのかな、泊まるって。あ、風丈さんがいるからわかるかな」

 一価がテレビの音量を小さくしながら言った。

「風丈さんて、何でもわかんのか?」

「たぶんな。どえらい人やで。あ、死神か」

 一価は千嘉のスマホを覗き込みながら言った。

 スマホの画面は日本の鐘の歴史やキリシタンの歴史の情報に溢れていて、一価は目を回しそうになった。情報というのは多ければ多いほど迷いに繋がる。どれが探していた情報なのか、その真偽はどうなのか、判断がつかなくなるのだ。

「あんまり役に立つ情報はなさそうやわ」

 千嘉は言い、スマホを置いてテレビを見た。

「羅門って、しっかりしてんのに放って置けへんやつよなあ」

 千嘉の言葉に一価も頷く。

「俺なんて羅門に頼りっぱなしやわ。役に立ってやろうって思うのに、結局助けられてんのは俺やねんなあ」

 一価はテレビ画面から羅門に目を移して言った。彼は健やかな寝息をたてて眠っている。傍から見れば平穏そのものの寝顔だ。

「羅門の中で何かが起こっているのかもしれない」

 千嘉も言いながら羅門を見た。

 彼の閉じられた目は、今は何色なのだろうと不安に思いながら。






 

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