第7話 鐘が鳴る1

 晴れた空に虹がかかっている。

 さっきまで豪雨が降っていた空だ。それが嘘みたいにみ渡っている。雨は、いわゆるゲリラ豪雨ごううというやつだった。

 羅門はベランダで虹を見ている風丈を部屋の中のソファに座って見ていた。

 祖母はキッチンで風丈の為にマドレーヌを焼いている。隠し味に、と国産のオレンジの皮を削って入れるらしい。羅門が食べる時はレモンだったが、風丈はオレンジがお気に入りらしい。焼き上がった後すぐに、コアントローと蜂蜜はちみつのシロップをかけて仕上げとする。

 祖母の背中と、風丈の背中を見比べて、羅門は立ち上がった。

「おばあちゃん、俺出かけてくるわ。夕飯はいらんから」

 キッチンの祖母に声をかけると、祖母は一瞬寂しそうな目をしてから笑顔になった。

「わかった。行ってらっしゃい。どこに行くかだけ聞いてもええ?」

一価いっかのとこ」

「そう。一度そのお友達をうちに連れて来たら?」

「ん、言っとく」

 羅門は頷いて、財布とスマホをジーンズのポケットに入れて玄関を出た。

 駅までの道は短いが、日差しが容赦してくれるわけではない。

 夕方だというのに、まだまだ暑い。

羅門らもん?」

 駅から歩いてくる若い女の子が彼を呼び留める。

「あれ、早環そうわ?」

 誰かと思えば従妹いとこ早環そうわである。京都に住んでいるが、あまり会わないので最近の見た目を知らなかったが、随分お姉さんになったものだ。とは言え、羅門と同じ歳なのだが。

「久しぶりやね。えらい背が高くなって。ところで、どっか行くの?」

「ああ。学校の友達んとこに」

「そう。私はおばあちゃんに会いに来たんよ。家にいてはる?」

 早環は後れ毛を耳にかけながら問うた。長い髪を後ろでゆるくアップにしているが、従兄の羅門の目から見ても、色っぽい。

「いるよ。ついでに風丈ふじょうさんも」

 羅門の言葉に、一瞬彼女は「え?」と目を瞬かせ、次の瞬間にはころころ笑い出した。

「ああ、そう。やっと風丈さまの存在に気が付いたんやね。おめでとうって言ってもええ?」

 彼女の言葉が嫌味ではなく、正直に良かったと思ってくれているのだとはわかるのだが、羅門は複雑だ。

早環そうわは知ってたんやな」

「羅門の封印のこと?そりゃ、ね。一族でも有名やし。風丈さまさえ力尽きさせるほどの魔力を持つ子供って言われて、あんたはニキビみたいな扱いされてたもの」

 ニキビ?と羅門が怪訝けげんな顔になる。

「そや。さわるとあとが残るし、かと言って、無視むしもできん。唯一触れられるのは、風丈さまだけ。そやから、羅門。あんたは風丈さまには感謝しなあかんのよ」

「…はあ」

 感謝はしているが、好きでこんな体に生まれたわけじゃない。

 そして、思い出す。風丈が羅門に謝ったことを。何もしてやれんで悪い、と彼は言った。それこそ、気遣い無用だ。今まで普通に暮らしてこれたのは、風丈が守っていてくれたからだと、もう知っている。

「悪い、電車がもう来るわ。またな」

「うん」

 羅門は早環と別れて早足あしばやに駅に入った。

 電車に乗ると汗が引いて行く。冷房の有難ありがたさを実感する瞬間だ。

 夕方の京都行は空いている。逆に京都から滋賀に帰ってくる近江舞子行は混み始めている。部活のない高校生や、買い物に行っていたおじいちゃん、おばあちゃん、その他にも様々な人が乗っている。

 羅門はスマホを出して、アプリを起動して読みかけの本を開いた。電子書籍の良いところは、こうやって何冊もの本をスマホ一台の重さで持ち歩けることだな、と彼は文明の利器に感謝した。

 画面をタップすると、一瞬画面が揺らいで、通話中になった。マナー違反だとは思ったが、慌ててスマホを耳に当てる。

「もしもし?」

 電車が空いているお陰で、声を潜めるだけで済む。混んでいる電車なら問答無用で切るのだが。

「ユキ?久しぶりやんか」

 電話の相手は岡山の友人だった。

「え、こっちに来てんの?どこに泊ってんの?あ、それなら知ってるわ。そっか。ほな、明日。うん、じゃ」

 岡山から京都へ遊びに来ているというので、明日会うことになった。

 ユキとは随分久しぶりに会うことになる。羅門は心なしか上機嫌でスマホの画面をいじくって、また本に戻る。

 京都までは普通電車で三十分ほどだ。じっくり本が読める。

 しばらくして羅門はスマホを見ながら、動きを止めた。目が閉じている。

「なんや、器用に寝てんねんな」

 四人掛けの席で、いつの間にか風丈が羅門の前に座っている。数少ない乗客の目が集まる。

 風丈はきちんと夏用の着物を着こなして、どこかの大旦那風情だが、何しろ見た目が若いのと目立つ容貌なので、周囲の好奇の目が付きまとう。

「ユキっちゅうのは可愛い女子おなごなんか?お前は恋愛はできても、結婚は一族の総意が無いとでけへん。辛い立場なんやで」

 羅門に語り掛ける風丈の声は気遣うように優しく、幼子を見るように羅門を見つめる。

「ユキっちゅう子が好きなんか?」

 声は誘導尋問のように無意識の羅門の答を引き出す。

 こくんと頷いて、羅門が眠ったまま答える。

「結婚したいくらいか」

 この質問には首を横に振る。即答だ。

「じゃあ、友達なんやな」

 念押しするように尋ねる風丈に、羅門はこくん、と首を縦に振った。

 そうか、と安心したように風丈は言い、そして消えた。

 まるでそこだけ白昼夢だったような現象に、風丈に気を引かれて見ていた人々は目をパチクリさせて、それから何もなかったかのように自分の世界へ戻った。

 はっと我に返った羅門が目を開けると、もう京都に着くところだった。

 寝落ちしてしまったせいで、ぼうっとしたまま羅門は改札を出た。

 一価は京都駅の地下街にいるらしい。

 ラインにメッセージを送って駅に着いたことを知らせると、地下鉄の改札で待ってて、と返信が来た。

 いつもの改札の出入り口で待っていると、一価が手に靴や服などの買い物袋をいっぱい持ってやってきた。

「持とうか?」

 羅門が声をかけると、一価はうん、といくつか荷物を手放す。

 二人で改札をくぐり、さらに地下に降りる。国際会館行の電車はすぐに来て、2人が乗り込むと、すぐに発車する。京都駅の次は五条、四条、御池、丸太町、そして今出川駅だ。

 大学近くなので、今出川には学生が多い。

 一価のアパートは駅から近くは近くだが、少し奥まった所にある。

 2人で最近観た映画の話をしながらアパートへ向かうと、玄関口に浴衣姿の千嘉が待っていた。男らしい体格が強調されて、羨ましい、と顔に書いた一価が手を挙げる。

「千嘉、どうしたん?」

 一価の問いに、千嘉は吐息をつく。

「だから、千嘉って呼ぶなよ。女みたいに思われる」

 千嘉の答えに、羅門が危うく吹き出すところだった。どこをどう見たって、千嘉は男の中の男にしか見えない。名前の響きは女性に多い名前かもしれないが、外見を見れば、すぐにわかる事だ

「それは置いといて、なんでそんな恰好してんの?」

 一価は部屋に二人を入れて、すぐに冷房をつけた。

「友達と祇園祭に行くんやけど、お前らもどうかな、と思って誘いに来たんや」

 千嘉の言葉に、羅門と一価は顔を見合わせる。

「そういや、今晩は宵々山よいよいやまか」

 一価が呟いて、羅門たちにコーラの入ったグラスを配ってくれる。

「電車にあんまり人いいひんかったから、祭りのこと忘れてたな」

 羅門はしげしげと千嘉を見ながら言った。

 いつもなら浴衣姿ゆかたすがたの男女が京都行きの電車に大集合だ。京都駅にも大勢そんな客がいるのが常だ。まだ早い時間だったからなのか、そんな姿も見ず、失念していた。

「で、行く?」

 千嘉はコーラを飲み干し、来て欲しい、と訴えるように問う。

「お前の友達って、まさか女子?」

 羅門が尋ねると、彼は頷いた。

「誘われたんはええねんけど、こういうの初めてやし、向こうも友達連れてくるって言ってたから、じゃあ、俺もって話になってさ」

 珍しく千嘉が自信無げにしている。いつもは堂々としていて、何事にも動じない鉄の男だ。

「それ、ほんまに友達か?」

 羅門が言うと、千嘉は頬を赤らめた。

「実は婚約者で、俺もあんまり会ったことないんやけど」

「こ、婚約者?サスペンスとか、王族の話じゃなくて聞くん初めてや」

 一価が大袈裟おおげさに言うと、千嘉は肩をすくめて見せた。

「俺の親が会社経営してるやろ?その関係や」

 大人の事情ってやつ、と力無げに千嘉が言った。

「お前らがいてくれたら俺も普通にしていられるし、頼むわ」

 千嘉の頼みの前に羅門と一価は顔を見合わせる。

「ええけど」

 二人声を揃えて言うと、千嘉が破顔した。

「ありがとう」

 不安が消え去って、いつもの彼の晴れ晴れとした様子に、羅門は思わず微笑んだ。誰にも苦手なことがあるんやな、と思ったのだ。

 急遽きゅうきょ四条に出かけることになって、一価が財布と話をしている。

「誘たんは俺やし、今日は俺が何でもおごるわ」

 千嘉が言うと、一価の顔が明るくなる。

「んじゃ、行こうか」

 意気揚々と一価が先頭に立って歩き始めると、千嘉が苦笑している。羅門も千嘉の隣で笑って一価を見ている。

 千嘉の婚約者との待ち合わせは烏丸四条からすましじょうで、すでに人の数が多い。時間で歩行者天国になるとはいえ、車道をも埋め尽くす人の群れと言うのは恐ろしいものだ。羅門は少し緊張感を感じながら一価がはぐれないように目を走らせる。

 祭りばやしが流れる中、千嘉が羅門の腕を叩く。

「羅門、こっち」

 千嘉が相手を見つけて指差す。羅門は一価の背中を引いて千嘉の後に続いた。

「前川さん」

 藤色の浴衣を着た目の大きな娘が千嘉に気が付いて嬉しそうな表情で彼を呼んだ。

 その友人たちは紺色の浴衣のショートヘアの子と、ブラウンに染めた長い髪を後ろで結い上げた白い浴衣の子だ。

「あれ、羅門?」

 白い浴衣の方が目を丸くして羅門を見て言った。

「え?」

 羅門は首を傾げて相手を思い出そうとしているが、さっぱり心辺りがない。

「あれ、お姉ちゃんには気付いても私には気が付かへんってどういうこと?」

 機嫌を悪くして、彼女は頬を膨らませた。その表情は嫌な顔ではなく、むしろ可愛さを引き立てていて、好印象を相手に与えるな、と頭の片隅で考えて、そして思い出した。

「ああ、早環そうわの妹か」

 残念ながら、名前が出てこない。

 小さい頃は名前を呼び捨てにしていたが、姉の早環に比べて彼女は引っ込み思案でいつも離れて遊んでいたし、彼女は大人と一緒にいることの方が多かったので、羅門自身の印象が薄かったのだ。

「なに、二人とも知り合い?」

 千嘉の婚約者が言うと、従妹いとこは大きく首を縦に振った。

従兄いとこなんよ。会うのは幼稚園以来?」

「幼稚園…」

 そんなに会っていなかったかと羅門がうなる。

「そうなんや。前川さんのお友達が私の友達の従兄なんて、縁を感じるわね」

 千嘉の婚約者はおっとり言って千嘉に微笑んだ。

 真っ赤な顔で千嘉は頷いている。それを見ると羅門は彼がどれだけ相手に惚れているのか実感した。

「名前、教えてもらっていい?」

 羅門が無粋を承知で割って入ると、彼女は花が開いたように笑顔になる。

「私は水野真理亜みずのまりあです。こっちは、お友達の曽根心菜そねここなちゃん。そして、前川さんの御友達の従妹いとこ石毛流水いしげるみちゃん」

 千嘉の婚約者、真理亜は丁寧に彼女らを紹介して和やかな表情で千嘉を見上げた。

「俺は前川千嘉。こっちは岸辺一価に、林羅門。よろしく」

 千嘉の紹介は簡素だ。

 よろしく、と羅門と一価が頭を下げると、彼女らもぺこりとお辞儀した。

「それじゃ、行こうか」

 千嘉が切り出して、ほこの飾ってある通りを歩くことにした。

 人ごみのなかを歩くのは想像以上に進まない。千嘉と真理亜が先に行き、その後ろに羅門たちが続く。

 羅門は心菜や流水が歩きやすいように体で壁を作って歩くが、心菜は着なれない浴衣で不安そうだ。

「大丈夫?」

 羅門が小声で心菜に尋ねると、彼女は小さいく「はい」と答えたが、足元がおぼつかない。

「良かったら、手、貸そうか?」

 心配になって羅門が言うと、隣から流水が待てをかける。

「そこでナンパしないでくれる?」

「いや、ナンパじゃないやろ、これは。別に俺やなくても一価に交代してもええし。歩きにくいなら無理せん方がええと思って」

 羅門は流水の言葉に驚いて言うと、彼女は下から疑いの眼差しを送ってくる。

「お前なあ、友達の友達にナンパとかせんやろ、普通」

「わかった。なら、そこのお兄ちゃんが心菜に手を貸してあげて」

 一価を見て流水が言うと、「俺?」と一価がおずおずと心菜に腕を差し出した。

「すみません」

 小声で謝りながら、心菜が一価と腕を組む。

「流水、お前そんな子やったっけ?」

 戸惑いを隠せず、羅門が言葉にすると、彼女は少し顔を赤らめる。

「必要なことなんよ」

 言い訳するように言って、彼女はつん、と前を向いて知らん顔をしている。

 その時羅門のスマホが鳴りだした。ごめん、と断って電話に出る羅門を流水がそっと伺う。

「ユキ?ああ、大丈夫。わかった。ほな」

 二、三言で会話を済まして、羅門は電話を切った。

 羅門は流水の目線に気が付いて彼女の方を見ると、彼女は慌てて目を逸らす。

「流水はお父さん似なんやな。早環はお母さんにそっくりやけど」

 羅門の一言に、流水はうなだれるように頷いた。

「お母さんに似たら美人だったのに、お父さん似でショック」

「なんや、それ。目があって、鼻があって、口があったら充分やんか」

 羅門のデリカシーのない言葉に流水が頬を膨らます。

「風丈さんと同じこと言う」

 原因は他にあるらしい。羅門はホッとして笑った。

「そういや、早環に会ったこと、なんでわかったん?」

 羅門が気になっていたことを尋ねると、彼女は悪戯を企む子のように目を輝かせる。

「そりゃ、私も鳳の血筋が流れているから」

 そこには自信があるらしく、胸を張っている。そして今までの表情からは想像できない程大人びた顔を見せて、流水は羅門を見つめる。

「じゃあ、何らかの力があるわけか」

「そう。私は少し過去視かこみができるのと、主に神寄かみよせができるんよ」

「神寄せ?」

 羅門が不思議そうに問い返す。

「そう。いわゆる巫女みこみたいなもの。神をこの体に呼ぶことができるん。まあ、例えば、風丈さんが何らかの事情で天上に戻ったとして、意識だけ私の体に降りてきて自由に動き回れるってこと」

「その間は流水の意識はどうなんの?」

「意識はあるよ。でも、そうやね、よっぽどの神やったら、私の意識は弾き出されることもあるかな」

「危ないんちゃうの、それ」

 羅門が心配そうに言うと、彼女は屈託なく笑った。

「大丈夫。体との繋がりが切れんようにするから。そこが私の力ってこと。普通の人にはでけへんことでも、私にはできるんよ」

 自信満々な彼女の様子に羅門は一抹の不安を口にすることはできなかった。

「凄いんやな、流水は」

 羅門の言葉に彼女は上機嫌になる。

「それで、さっきの電話のユキって人は友達?」

「え?ユキ?ああ、岡山の友達。明日会う事になってんねん。迎えに行くって言ってた時間を変更したいって」

「へえ」

 流水が興味なさそうに言うので、羅門もそれ以上は話題にしなかった。

「ところで、風丈さんはお元気?」

 彼女が改まって言うので、羅門が調子を崩されながら頷く。

「力はまだ戻ってないから、家でのんびりしてはるけど、そろそろ飽きてきたんとちゃう?」

 羅門は風丈が家でじっとしているタイプに見えないという先入観で答えた。

「そうやろねえ。力が戻らんと、動かれへんのやし。いつもやったら神社にいはるんやけど」

「神社?」

 羅門が驚いて言うと、流水の方が驚いて目を丸くする。

「知らんの?あ、そっか。羅門は後継者やけどニキビやからな。風丈さん自身がご神体の神社があるねん。天上に戻らん時はいつもそこで休んではるんよ。そこやったら守りも堅いし、聖域やし力の回復も早いし、部下もいるしで好都合やねん。要するにこの世における風丈さんのとりでみたいなもんやな」

「へえ」

 流水の説明に感心して頷いて、羅門は自分が風丈のことを何も知らないのだと実感した。

 風丈は聞かれなければ何も言わない。そりゃ、そうだろう、と羅門は思う。思うのは思うのだが、知らない、と言うのは結構寂しい事なのだと感じるのは我がままだろうか。

 こっちも聞かないしな。

 羅門はぐるぐる回る感情を抑えながら、家にいるだろう風丈のことを思った。

「なあ、なんで風丈さんはうちにいるのか知ってる?ご神体の不在の神社ってのもあんまり聞かへんけど」

 羅門が流水に尋ねると、彼女は首をかしげてみせる。茶色い後れ毛が揺れる。

「ああ、ご神体の代わりの刀が奉納されてるから、それは大丈夫なんよ。風丈さんは神社にいてはる方が安心やけど、特にいなければあかんってこともなくて。今は羅門と話したかったんとちゃう?」

 女の子らしい考えで彼女が答えるのを羅門は否定せずに頷いて聞いていた。きっとその答えが違うのだと彼は感覚で知っている。風丈はそんな生易しい性格をしていないはずだ。何か理由があるに違いない、と羅門は考えにふける。

「ちょっと、女の子そっちのけで自分の世界に行かんといてくれる?」

 流水がふくれて言う。

「あ、悪い。それにしても、あっちは仲良うやってんな」

 羅門が一価と心菜の様子を見て言うと、流水はニヤニヤ笑う。

「やっぱり心菜が気になる?」

「は?そういうんとちゃうって。今は恋愛とかはいいわ」

 羅門は素っ気なく言って、何かの気配に振り向いた。

「どうしたん?」

「いや、なんか見られている気がして」

 羅門は流水をかばうように気遣いながら回りを確認するが、大勢の歩行者の中に、感じた気配はいないようだ。

「ちょっと待って。てみる」

 流水が言い、ふわっと前髪が少し上がる。流水の目が紫色に変わる。

 驚く羅門に構わず、流水は頭を振った。目は元の色に戻っている。

「誰かわからんわ。うまいこと隠れてる」

 何か、の気配は流水もわかったようだが、正確に何者かまではわからない。

「風丈さんに報告した方がええかな」

 独り言のように流水が言った。

「風丈さんの力が戻ってからでもいいんちゃうの」

 羅門は何気なく言い、流水を伺う。あまり風丈に迷惑をかけたくないという思いからの言葉だが、羅門は冷たく聞こえたかな、と心配になる。

「そやね」

 鉾を眺めながら練り歩く街は、いつもと違って妖しく目に映る。

 羅門は先を行く千嘉と真理亜が仲睦まじく話している様子を見た。二人とも微笑ましくて、応援したくなるカップルだ。

「なあ、流水。あの二人、ええ感じやな」

「ほんまに、そうやね。ああいう出会いは奇跡みたいなもんやと思うわ」

 どこのおばちゃんだ、と言かけて、羅門は流水の二人を見る目が切ない事に気が付いた。

 何か、見てはいけないものを見た気になって、羅門は目を逸らした。逸らした目線の先に鉾が輝いている。

 天高くきらめく鉾の光が万人の祈りを吸って、妖しく揺らめいた。

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