第五章 絳雪の擾乱(七)

それを差し出されたとき、ああやられたと思ったよ」


 夏陽公子は肩をすくめられました。


「おれと巴公子あいつは、べつに示し合わせていたわけじゃない。そなたには悪いが、あいつが宏基と通じているなら、他の連中とまとめて始末するつもりだった。それがどうだ、衆目のなかで、おれとあいつはあっという間に盟友に仕立てあげられてしまった」


 もともと模擬戦で共に戦われたおふたりでございます。巴公子が夏陽公子のためにひと働きされたのだと、皆は納得したことでしょう。さらに、その見返りとして故国への帰還を望まれた巴公子に、夏陽公子が助力なさるのもまた当然と。


「まあ実際のところ、感謝していないこともないがな。いくら王命とはいえ、叔父殺しの汚名をかぶらずにすんだのだから……だがなあ」


 そこで夏陽公子は自嘲めいた笑みを浮かべられました。


「こたびの件、おれは自分が道化に思えて仕方ないのだ。誰かが書いた筋書きのとおりに踊らされていただけではないかと」


 その「誰か」の名を、夏陽公子は口にされませんでしたが、おそらくその姿はわたくしが思い浮かべた貴公子と同じであったことでしょう。あの最後の数日間、劇中のすべてをあやつっておられたのは、まぎれもなくあのお方にございました。


 巴公子がわずかな供を従えて乾をお発ちになったのは、変事の翌々日のことだったといいます。


 夏陽公子が訪ねてきてくださる前から、わたくしは事のあらましを耳にしておりまして、それなりに気持ちの整理もつけていたつもりでした。ですが、やはり、夏陽公子のお話が東嘉宮の焼け跡から見つかった亡骸のことに及んだときは、胸を握りつぶされるような心持ちがいたしましたよ。


「宏基の死体のそばに倒れていた。顔は焼けて見分けがつかなかったが、若い男であったことはまちがいない。胸にあった刺し傷、たぶんあれが致命傷だな。宏基とり合ったのかと思ったが、宏基は背を斬られていたから、あるいはあの場に別の者が……顔色が悪いな。この話はやめるか」


 いいえと、胸をおさえながらお答えした声が、まるで他人のそれのように聞こえました。


 ……ひとつの光景が、わたくしの頭の中に浮かんでおりました。宮を囲まれ、ご自身の企みがついえたことを知った宏基殿下が、よくもだましてくれたと客人に斬りつける。そこへ駆けつけたもうひとりが宏基殿下を……いえ、すべてわたくしの妄想にございます。真実を知るは、そのときすでに長い旅路についておられたあの方、ただおひとりにございました。

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