第五章 絳雪の擾乱(六)

「互いに大変だったな」


 久しぶりにお会いした夏陽公子は、目の下に濃い隈がうかび、お顔の色もくすんでおりましたが、そのお声には相変わらず張りがございました。


 あの変事の晩、わたくしは雪の中でうずくまっているところを、夏陽公子の配下の兵に見つけられ、そのまま夏陽公子の宮に留めおかれておりました。その間どこぞの姫君のように丁重に遇していただきましたが、東嘉宮での日々のように、あれは体のいい軟禁にございましたね。


 叔母はもちろん、顔見知りの誰と会うことも許されず、わたくしはただ、東嘉宮から持ち出した、あの折れた簪をぼんやりと眺めて日を過ごしておりました。


「もっと早くに来るべきだったのだろうが、遅くなって悪かった」

「とんでもございません」


 宏基殿下の叛逆事件の後処理を一手に引き受けておられたばかりではなく、年が明ければ正式に立太子されることになっていた夏陽公子のお忙しさがいかばかりであったか、わたくしもよくわきまえておりました。


「いや、実はたいして忙しくなどないのだ。おれの配下はなかなかに優秀な者ぞろいでな。やつらに押しつけ……任せておけばたいがいのことはうまくいく。今まで先延ばしにしていたのは、おれ自身なにが起こったのかよくわからなかったからさ」


 からからとお笑いになりましたが、その笑みにはわずかばかりの苦味がにじんでいるようでした。


「白状すると、今でもよくわからん。だがまあ、いつまでもぐずぐずしているわけにもいかんから、こうして会いに来たというわけだ。そなたにだけは、おれから話しておくべきだと思ってな」


 そうやって、夏陽公子はわたくしに話して聞かせてくださいました。あの夜、ご自身がごらんになったすべてを。


 東嘉宮から火の手があがったのは、四方の門に兵を配備してすぐのことだったとか。炎はまたたくまに燃えひろがり、夏陽公子の兵は宮の中から逃げてくる者を片端から捕らえたのだそうです。


「あれは楽だったな。女官や侍従たちにまじって、宏基のはかりごとにかんでいたやつらまでぞろぞろいだしてきたのだから。おかげで無用な血を流さずに済んだ」


 そのお方は、最後に歩み出てこられたそうです。荒れ狂う炎を背に、冷然と夏陽公子の前に進み出られた貴公子は、右手に血のしたたる剣を、そして左手には、今しがた刈りとったばかりと思しき宏基殿下の首級をさげておられたのだとか。

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