第四章 霜天の孤影(六)
「誰の指図だ」
広間からはなれた一室に連れこまれるなり、殿下に詰問されました。その口調のきびしさよりも、殿下のお顔のやつれように胸が痛みました。もともと殿方にしては線の細い方だったのですが、わたくしの記憶にあるよりも頬がこけ、肩のあたりもいちだんと薄くなっておられたのです。
それでも、
わたくしがはじめて青華宮でお目にかかった方、そしていま、わたくしの目の前にいらっしゃる方こそが、巴の王太子、
「悧才か……いや、夏陽公子だな。わたしの様子をさぐってこいとでも命じられたのだろう」
わたくしの返答を待つまでもなく、殿下は事実をほぼ正確に言い当てられました。
「ここでなにを見た。夏陽公子にはなんと伝えた」
思わず身がすくむほど、それは冷たいお声でした。
「答えろ」
「……殿下」
おそるおそる、わたくしは口をひらきました。
「そのような……あの方は、ただ殿下のことを心配されて……」
「わたしではない」
その言葉は、氷でできた矢のようにわたくしの胸につきささりました。
「あの男が気にかけているのは、わたしではない」
不意に腕をつかまれたかと思うと、そのまま部屋の隅に引きずっていかれ、寝台の上につきとばされました。わたくしは逃れようとしたのですが、上から殿下にのしかかられて身動きがとれなくなってしまったのです。
「そなた、知っているな」
低い声でささやかれると、殿下はにわかにわたくしの髪から
その簪を、わたくしはずっと小箱にしまって時々眺めるだけにとどめていたのですが、東嘉宮に伺候した日から思いきって髪に挿していたのでございますよ。宏基殿下の宮は、わたくしにとっては敵地も同然でございましたから。護符のようなつもりで挿していたそれを、殿下はわたくしの首もとにあてがったのでございます。
ひやりとした感触が首に伝った瞬間、あらためて確信したのでございますよ。目の前のこの方は、この簪をくださった方とは別人であると。
「夏陽公子には話したか」
わたくしは必死にかぶりをふりましたが、「嘘をつくな」と、殿下は簪の先をぐっとわたくしの首すじに食いこませました。
頭の芯がしびれたように、なにも考えられませんでした。頬に熱い滴が伝い、そこではじめてわたくしは自分が泣いていることに気づいたのです。
「怖ろしかろう。ならば吐け。あらいざらいな」
いいえ、と、きちんと声が出せたかあやしいものですが、簪をにぎられた殿下の指がわずかにゆるんだのがわかりました。
「怖ろしくはありません」
本当に、わたくしの涙は恐怖のためではありませんでした。ただ、胸がつぶれそうに痛かったのです。見あげた殿下の青い瞳が、たいそう寂しく、哀しい色をしていたせいでした。まるで、凍てついた冬の空のように。
「そなた……」
殿下の形相がみるみるうちにゆがみました。
「わたしを憐れむか!」
首がふたたびきつくしまりました。もがくわたくしの体を押さえつけ、殿下は「なぜ」と叫ばれました。
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