第四章 霜天の孤影(四)

 当時の東嘉宮を思いうかべると、幼い頃目にした芝居小屋の光景がかさなります。ああいったものをご覧になったことはありませんでしょう? それがよろしゅうございますわ。お世辞にも品がよいものとは申せませんからね。


 わたくしも、芝居小屋には近づくなと、その頃はまだ健在だった両親にきつく言われていたのですが、禁じられるほど好奇心がうずくというもの。ある日、近所の子らとこっそりしのびこんだのですよ。


 小屋のなかは金と朱のけばけばしい飾りに埋めつくされ、くらりとするような濃密な香がただよっておりました。つめかけた大人たちが食い入るように見つめる先、暗い屋内のそこだけ明るい壇上で歌い演じる芸人たちの姿は、子どもの目にもひどくいかがわしいものに映りましたわ。


 宏基殿下の宮は、あのときの芝居小屋によく似ておりました。宮は広く、おかれた調度はどれもため息がでるような豪華さでしたが、わたくしには、なぜだかそれらすべてがまがいもののように見えたのです。


 あの模擬戦以来、宏基殿下はご自分の宮にひきこもり、おおやけの場にはお出ましにならなくなっておりました。敗北を恥じて身を慎んでいらっしゃった、というわけではございませんよ。わたくしが東嘉宮で目にしたのは、豪勢な酒宴を張り、とりまきに囲まれて酩酊している宏基殿下のお姿でしたから。


 かねがね王太子としての資質をうたがわれていた宏基殿下ですが、模擬戦の敗北により、いえ、むしろその後の身の処し方によりでしょうね、心ある者にのこらず背を向けられた宏基殿下のお側にはべるは、王太子におもねる佞臣ばかりにございました。


 ただひとり、青華宮からのお客人をのぞいて。


 宴席に端然と座される殿下のお姿をお見かけしたときは、わたくし、手にしていた盆をとりおとしそうになったのですが、はじめてお目にかかったときとまるで変わらぬ、その清冽なたたずまいには深く安堵したのでございます。

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