第三章 落陽の宴(四)

「どういうことですか」

 

 宏基殿下が立ち去られてすぐに、殿下は夏陽公子につめよられました。


「模擬戦のことなど聞いておりません」

「今日話すつもりだったのだ。そう怖い顔をするな。いいではないか、どうせ暇だろう」

「そういう問題ではありません」


 殿下は深いため息をつかれました。


「あなたが何をなさろうと勝手ですが、わたしを巻き込まないでいただきたい」

「それがそうもいかんのだ。おぬしも勘定に入れないとおれの隊がまわらん」


 夏陽公子のお言葉に、殿下は「まさか」と眼を見開かれました。


「騎馬で……?」

「あたりだ。そろそろ実戦で試してみようと思ってな。戦車相手に騎馬でどこまでやれるのかを」

「失礼ながら、正気ですか」

「本当に失礼なやつだな」


 夏陽公子は愉快そうにお笑いになりました。


「正気も正気だ。おれの見立てでは、同数でやりあえば騎馬が勝つ。なにしろ、騎馬ははやいからな。あの脚にくらべれば、戦車なんぞ亀みたいなもんさ。どうだ、おれたちで全隊蹴散らして、皆の度肝をぬいてやろうぜ」


 親しげに肩に腕をまわされて、殿下は迷惑そうに顔をしかめられましたが、夏陽公子のご提案には心ひかれたご様子で、口もとに手をあてて考えこまれました。


「――おそれながら」


 声を発せられたのは、かたわらで控えておられた悧才さまでした。


「お申し出はお断りさせていただきます。わたしどもは客分の身。乾軍に弓引くことなどできませぬ」

「……丞相家の」


 夏陽公子はわずかに眼を細めて悧才さまをごらんになりました。


「切れ者と評判のようだが、いささか出すぎているのではないかな。それを決めるのはおぬしではなかろう」


 悧才さまのお顔にさっと朱がのぼったのは、恥のせいでしたでしょうか、それとも怒りのためだったのでしょうか。


「騎射は明日にするか」


 興がそがれたようにつぶやかれて、夏陽公子は歩き出されたのですが、二、三歩行かれたところで「ああそうだ」とふりむかれました。


「宏基は、いぬと同じだ」


 わたくし、とっさに左右をうかがってしまいましたわ。あまりに不遜なご発言、誰かの耳に入ろうものなら、いくら夏陽公子といえどただではすまなかったはずですから。


「己より弱いと判断した相手にはどこまでも噛みついてくる。弱さを演じて油断を誘うのも結構だが、あまり長いことをつづけていると、そのうち本当に弱くなっちまうぞ」


 意味ありげな笑みをひらめかせて、夏陽公子は今度こそ庭園を後にされました。それを見送る殿下の両の拳が、ほとんど白くなるまで固く握りしめられていたこと、いまでもよくおぼえておりますよ。



 

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