第三章 落陽の宴(三)

 秋の模擬戦。あれはいまでもつづいているのでしょうか。菊花節にあわせて催されていた行事ですが、花の宴の余興にしてはずいぶんと血なまぐさいものにございましたわね。


 わたくしが乾王宮に仕えていた頃は、馬に引かせた戦車での戦が主流でございました。乾軍の各隊から選り抜かれた兵が十名、二名ずつ五台の戦車に乗りこみ、王宮内の練兵場で陣を敷いて戦ったものです。


 戦うと申しましても、あくまで模擬戦、王の御前で各隊の練度を披露する場でございましたから、本気の殺し合いなどはいたしません。相手の陣にひるがえる旗を落とせば、そこでしまいにございます。武器もすべて刃をつぶしておりましたが、それでも、計十台もの戦車がぶつかり合うのですから、怪我人が出るのはあたりまえ、中には命を落とす不幸な兵もおりました。


 その模擬戦に夏陽公子と殿下がお出になると聞き、わたくしは思わず声をもらしそうになりましたが、殿下の驚きはそれ以上であられたようで、はじかれたように夏陽公子の顔をごらんになりました。


「刃向かうなど、とんでもない」


 その場にいた全員の強い視線を一身にあびながら、夏陽公子は悠然と腕を組まれました。


「おもしろそうだったので出てみようと思ったまでで。なあ?」


 同意をもとめられた殿下は、冷ややかに夏陽公子を一瞥いちべつなさっただけでした。黙っておられなかったのは宏基殿下です。


「あれに出ることができる王族は、王太子ただひとりだ。おぬしも知っておろう」

「絶対の決め事というわけでもございますまい。まあ、そう堅苦しく考えられますな。たかが宴の余興ではありませんか。それに、われらは王族として出るつもりはございませんよ。他の隊とひとしく、初戦から参加いたします」


 模擬戦は勝ち抜き方式で行われておりましてね、他を制して勝ちあがった一隊が、最後に王太子率いる隊と戦うことになっておりました。その、乾軍の最精鋭と称すべき相手に毎年華々しい勝利をおさめておられた宏基殿下のご武勇はいかばかりか……ええ、お察しいただけますわね。


 王太子側の勝利は、戦う前から決まっていたのですよ。まかりまちがって王太子を打ち負かした日には、その隊の兵は反逆罪で処罰されていたことでしょう。


「うまくいけば最後にお会いできるでしょうな。そのときは、互いに手加減無用ということで」


 笑みと呼ぶにはあまりに鋭すぎる表情を浮かべられた夏陽公子を、宏基殿下は憎悪をこめた目でにらみつけておられましたが、それも長いことではありませんでした。


「せいぜい励むがよい。身のほど知らずの行い、かならず後悔させてやるからな」


 捨て台詞とともに立ち去られたその後ろ姿は、あたかも敗軍の将のようでございました。

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