第三章 落陽の宴(二)

「これは叔父上」


 夏陽公子がうやうやしく礼をとられましたが、ひいき目に見ても、あれは慇懃無礼というものでございましたわ。殿下もそれにならいつつ、さりげなく立ち位置を変えられました。とっさにひざまずいたわたくしを宏基殿下から隠すように。


 宏基殿下は、まさか夏陽公子までいらっしゃるとは思わなかったのでしょう。ひどく驚いたお顔をなさっていました。


 ああして並ばれると、宏基殿下のお顔立ちは夏陽公子によく似ておいででした。叔父と甥のご関係ですから当然なのですが、ご印象はまるで異なっておりましたわね。ひとの顔というものは内面の発露なのだと、あらためて得心したものでございます。


「よいところに来られましたな。われらはこれから馬に乗りにいくところでして。叔父上も一緒にいかがです」

「馬だと」


 宏基殿下は地に唾を吐かれました。


「冗談ではない。おれは乾の王太子だぞ。そのような賎しい真似ができるか」

「それは残念」


 すこしも残念そうではなく夏陽公子はおっしゃいまして、「では」と、殿下を促して立ち去ろうとなさったのですが、宏基殿下はおふたりをひきとめられました。


「待たぬか! まだおれの話が終わっていない!」


 足を踏みならしてわめきちらす宏基殿下は、まるで癇癪かんしゃくをおこした子どものようでした。


「夏陽公子、それに巴公子、おぬしらふたりがそろっていたのはちょうどよい。どういうつもりなのか説明しろ」


 わたくしの位置からは殿下のお顔は見えませんでしたが、そのお背中には戸惑ったような気配がただよっておりました。わたくしもまるで話が見えず、怒鳴りちらす宏基殿下の醜態にただあきれるばかりでした。


 ええ、あきれていただけです。怖ろしくなどありませんでしたわ。わたくしの前には殿下が、殿下のお隣には夏陽公子がいらっしゃいましたから。おふたりがいらっしゃれば何があっても大丈夫。そんな不思議な安心感がございました。


「どういうつもり、とは?」


 夏陽公子だけは、すべての事情をご存知でいらっしゃったのでしょう。余裕をたたえた口ぶりには相手への軽侮がにじんでおりました。


「ふざけるな!」


 殿下のお背中ごしに、顔を赤黒く染めておふたりに指をつきつける宏基殿下と、小走りでこちらへむかってこられる悧才さまのお姿が見えました。


「秋の模擬戦のことだ! おぬしらそろって出戦するとは、このおれに刃向かう気か!」

 

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