第二章 緑風の客人(四)

「なかでお待ちいただくようお伝えしたはずですが」


 殿下のお声には、わずかながら苛立ちがにじんでおりました。


「いや、すまん。あまりに庭が見事だったもので、つい」


 あきらかに世辞でございました。わたくしが奮闘し、悧才さまがお力添えをしてくださっていたとはいえ、青華宮の庭園はあいかわらず荒れておりましたので。わたくしが初めて伺った頃よりはいくぶんまし、といった程度でしたでしょうか。それに、あの方は草木に興味をお持ちのようには見えませんでしたし。


「だが、わざわざ出てきた甲斐があった。このような可憐な花に出会えたのだからな」


 歯の浮くような台詞を恥ずかしげもなく口にされた貴公子のお顔をそっとうかがいながら、なるほど、お噂どおりの方らしいと、わたくしは納得しておりました。


 夏陽公子と呼ばれたその方は、乾の北方の地、夏陽を治める国公のご長子でいらっしゃいました。お母上は乾の王家の姫君で、あの宏基殿下とは叔父と甥のご関係でした。もっとも、お年は叔父の宏基殿下より甥の夏陽公子のほうが上でございましたが。


 十日ばかり前に夏陽から王宮にいらっしゃった公子について、わたくし、お姿は拝見しておりませんでしたが、お噂だけは耳にしておりました。それはもう、たくさんのお噂を。


 陰口ではございませんのよ。むしろ好意的……と申してよいのかしら。とにかく華やいだ話に事欠かない方でいらっしゃいましてね、王宮にいらしたその日から、女官を片端から口説いてまわっておられたとか。まあ、どこぞの年下の叔父君とちがって、無理強いなどは一切なさいませんでしたし、なにより、お若い頃のあの方は実に颯爽とした貴公子でいらっしゃいましたから。すすんで摘まれたがる花も多うございましたよ。


 ……わたくしでございますか? あらいやだ、答えなど最初はなからおわかりでしょうに。まあ、そうですわね、よくお姉さま方が騒いでおられましたっけ。本当にい男ってのはああいうのをいうのよ、と。あんたのご主人様も相当お綺麗らしいけど、それだけじゃあねえ、などと言われたときはたいそう憤慨したものですが、ああしてご本人を前にすると、お姉さま方のお気持ちも少しだけわかったような気がいたしました。いえ、少しだけでございますよ。

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