第二章 緑風の客人(三)

 気持ちよく晴れた朝でしたので、わたくしは暑くなる前にと庭園の牡丹の手入れをしておりました。牡丹の美しい姿を保つには、この時期に余計な花芽を除いておくことが肝心ですので。ほら、わたくしだって園丁としての務めはしっかり果たしておりましたのよ。


 かがんで花芽の摘みとりをしておりましたので、声をかけられるまで、その方がすぐ後ろにいらっしゃったことに気がつきませんでした。


「これは愛らしい花の精だ」


 飛びあがってふりむくと、そこには見知らぬ殿方が立っておられました。お年は殿下と悧才さまのちょうど中間くらいでしょうか、背が高く、精悍なお顔立ちの貴公子でした。不審に思いつつも、身分の高い方でいらっしゃるのは間違いありませんでしたので、わたくしは慌ててその場にひざまずきました。


「なに、そうかしこまらんでもいい。顔をよく見せてくれ」


 と、おっしゃられましても、そうおいそれと顔をあげるなどできようはずもございません。ああ、殿下は別でございます。あの方を前にすると、わたくしの行儀作法は霧となって消えてしまうようでございまして。


 わたくしがうつむいたままでおりましたので、その方はわたくしのおとがいに指をかけて上向かせました。見知らぬ殿方にしげしげと顔をのぞきこまれて耳朶じだがかっと熱くなりましたが、その手をふりはらうこともできず、ただ身を固くしておりました。


「……あやつもなかなか隅におけんな」


 感心したようにその方がつぶやかれたときでした。草をふみわけて、すらりとした人影が足早に歩み寄ってこられたのは。


夏陽かよう公子」


 いらっしゃったのは、ほかならぬ殿下でございました。久しぶりにお見かけしたお姿は、相変わらず凛としてお美しく、わたくしの胸はおかしいほどに高鳴ったのです。

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