第一章 桃園の少女

第一章 桃園の少女(一)

 青華宮の園丁となったわたくしは、まず桃の木から手をつけることにいたしました。わたくし、花の中では桃の花が一番好きですの。あの淡い紅の花の下を歩いていると、まるで仙境に迷い込んだかのような心持ちになりますでしょう。それに、うまく育てればおいしい実もとれますし。


 庭園に植わっていた桃の木々は、か細く頼りなく、枝についている蕾もずいぶん数が少なかったのですが、これから手を入れれば、一枝くらい殿下にお見せできるほどの花を咲かせてくれるのではないかと思われました。


 わたくしが庭園の世話をすることになったと聞いた叔母は、思ったとおり、額に手をあてて、小杏や、とお嘆きになりました。ずいぶんお小言もちょうだいしましたが、翌朝、動きやすい衣装が枕元にきちんとたたんであったのは、さすが叔母さま、西宮の筆頭女官でございます。


 さすがといえば、悧才さまもでございます。本当にすぐれた方というのは、お心栄えもすばらしいものでございますね。わたくし、青華宮の館へ出入りすることは禁じられておりましたので、一日中庭園で過ごすしかなかったのですが、若い娘がそれではあまりに気の毒だと、悧才さまは下男に命じて庭園の一角にあった小亭あずまやをきれいに整えてくださったのです。


 小亭には椅子も卓もそなえつけられておりましてね、風や陽射しの強いときはここで休んでおいでと、やさしくおっしゃっていただいたときは、胸がいっぱいになってお礼の言葉も喉につかえてしまったほどです。


 悧才さまのお心遣いはそれだけにとどまりませんでした。園丁というものは、水を汲んだり草を刈ったりと、なかなかに骨の折れる力仕事も多うございますが、わたくしが青華宮にお伺いいたしますと、すでに水の張られた瓶が小亭の屋根の下にいくつも並んでいる、庭に生い茂っていた草も、いつの前にか刈りとられているといった具合でございまして、これらはみな悧才さまのご指示によるものでございました。


 お気持ちは大変ありがたいことなれど、これではわたくしのやることがございませんと申しあげましたら、悧才さまはご自分のお仕事を手伝わせてくださるようになりました。いえ、仕事というより、あれは悧才さまのご趣味とでも申しましょうかね。

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