序章 青華宮の貴人(五)

「……なんとまあ」


 ふってきたのは怒声でも罵声でもなく、あっけにとられたような殿下のお声でした。


「はっきりものを言う女だ。悧才、女というものは、なよなよとしているようで存外骨があるのだな」

「いえ、これは埒外らちがいと申しましょうか……」


 おそるおそる顔をあげると、殿下の青い瞳と目が合いました。


「そなたの言うこともわからぬではない。たしかに、即日追い出されたとなれば、そなたの評判にも傷がつこう」

「くわえて羅大卿の顔をつぶすことにもなりかねぬこと、お忘れなく」

「わかっている」


 悧才さまのお言葉に、殿下はうるさげに手をふられました。


「だが、内向きの用は手が足りている。それに、乾人けんびとを側におくつもりもない。だから、そなたには花園をやろう」


 今度はわたくしが唖然あぜんとする番でした。


「……花園、でございますか」

「ああ。そなたも来るときに見ただろう。青華宮ここの庭園は広いが手入れが行き届いていない。だから、そなたが世話をしろ」

「殿下」


 悧才さまが渋面じゅうめんをこしらえました。


「女官ひとりの手に負えるものではありませんよ。しかも、このような細腕で」

「この者が何でもやると申したのだ。やらせてみればよかろう。それとも――」


 殿下は形のよい唇をゆがませました。ひとの悪そうなお顔もお美しいと、つい見とれてしまったわたくしは、もはや手のほどこしようがなかったのでしょうね。


「あれは虚言であったか」


 小杏や、と、叔母が嘆かわしげに額をおさえる姿が目に浮かびましたが、もう後にはひけませんでした。


「承知いたしました」


 敵国からの開戦状を封切るような心持ちでしたわ。たかが女官の身で大げさなと思われることでしょうが。


「青華宮の庭園を花で満たしてごらんにいれましょう」


 そして、かなうことなら殿下のお心にも花を。


 その日から、わたくしは離宮の花守となったのです。

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