序章 青華宮の貴人(四)

「この者が困っているではありませんか。婦女子にはやさしくと、常々お教えしているはずですが」


 悧才さまはお若いながらも学識豊かな方で、よく殿下に諫言かんげんを……いえ、あれは弟へのお小言のようなものでございましたね。異国の王宮で、もう十年も身を寄せ合ってお暮らしになっていたのです。おふたりの間の身分の壁はずいぶん低うございました。


「知らぬわ。もうよい、さがれ。そなたはこの宮にはらぬ」

「意地の悪いことをおっしゃいますな。泣いているではありませんか」

「泣いてなどおりませぬ」


 まったく、このときのことを思い出すにつけ、顔から火が出るようでございますわ。


 わたくし、これでも娘の頃はなかなかに負けん気が強うございました。叔母の期待にこたえるためにも、誠心誠意殿下にお仕えしようと心に決めて参りましたのに、いきなり不要と申しわたされては、いささかどころではなく腹も立とうというものです。


「おそれながら、殿下」


 顔をあげてこう申しあげました。


「わたくしにも立場というものがございます。初日で宮を追い出されたとなれば、顔に役立たずの焼印を押されたようなもの。わたくしの働きぶりがお気に召さぬとあらば是非も無きことですが、いま殿下のお気にさわっているのは、わたくしではございますまい。ならば、どうかわたくしに機会をお与えくださいませ。お命じとあれば、どのようなことでもいたします。その上で、やはり不要とご判じなされれば、そのときはおとなしくさがりますゆえ」


 一気にまくしたてて、わたくしは再び顔を伏せました。先ほどとは比べものにならないほど顔が熱く、胸は早鐘のように脈打っておりました。


 小杏や、おまえはすこし向こう見ずなところがあるね、とは、叔母がよくこぼしていた言葉です。思うところがあっても口に出す前によくよく考えること。その叔母の教えを、またしてもわたくしは破ってしまったのです。


 本当に、とんでもないことをしでかしました。他国の方とはいえ、王太子殿下に一女官が物申すなど、その場で斬って捨てられても文句は言えないところです。わたくしは袖をぎゅっとにぎりしめて、お叱りの言葉を待ちました。

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