序章 青華宮の貴人(二)

 巴という国は、もとは西方の異民族がおこした国で、その祖はさまざまな色の髪や眼を有していたのだそうです。東の民との交わりをくりかえすうちに、鮮やかな色彩は失われていったといいますが、まれに、殿下のようにその身に祖先の血をあらわす方もいらっしゃるのだとか。


 ですが、そうした知識をわたくしが得たのは、しばらく後のこと。そのときは、夜空のような深い色に、ただただ驚くばかりでございました。


「珍しいか」


 わたくしがずいぶんおかしな顔をしていたからでしょう。殿下は口元に薄い笑みをたたえられました。笑みというものが温かいものばかりではないことを、わたくしはそのときはじめて知ったのです。


「気味が悪かろう」


 いいえ、とわたくしは即座にお答えしました。思えばひどく無作法な真似をしでかしたものです。直答じきとうのお許しもいただいていないうちに、お返事をしてしまったのですから。


「とても綺麗です」


 叔母が隣におりましたら、青くなってわたくしの頬をぴしゃりと打ったにちがいありません。ですが幸いにも、その場にいたのは殿下とわたくし、殿下の側近の方の三人だけでした。


 殿下はその青い瞳を見開いてまじまじとわたくしの顔をご覧になり、それから、ふとお笑いになりました。先ほどの笑みとはまるでちがう、やわらかいお顔を前にして、わたくしはとっさにうつむいてしまいました。


 なぜって、わたくしも一応年頃の娘でございましたから。殿下のように美しい殿方に微笑まれて、恥じらったのも無理なからぬこととお笑いくださいませ。


 ええ、殿下はたいそう美しい方でいらっしゃいました。目鼻立ちの端整さは言うにおよばず、肩におちる黒髪は後宮の美姫もかくやの艶やかさ、白い肌に血の色がうっすらとけるさまは、いっそなまめかしいほどでした。


 これも後に知ったことですが、殿下はお体が丈夫なほうではありませんでした。一年の半分ほどはせっておられたほどに。ですからこの日も、髪も結わずにしどけない身なりでいらしたのですが、それでもすっと伸びた背筋に気品あふれる凛々りりしいお顔立ちは、さすが一国の王太子、見る者を自然とひれ伏させる威厳に満ちておりました。

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