青嵐に花は舞う

小林礼

序章 青華宮の貴人

序章 青華宮の貴人(一)

 昔語りをいたしましょう。


 わたくしの名は小杏しょうきょうけん王宮に仕える女官でございました。十二で両親を亡くしたわたくしを、やはり王宮で働いていた叔母がひきとってくれたのです。


 なれない王宮づとめは、はじめはそれは辛いものでしたが、ひと月もたつ頃にはすっかりなじみ、また、叔母をはじめ他の女官のお姉さま方にも可愛がっていただきまして、いつしか王宮を我が家とまで思うようになりました。実際、わたくしには王宮のほかに帰る場所もございませんでしたから。


 そのお方のお世話をおおせつかったのは、わたくしが十七の頃でございました。


 乾にはいくつかの盟約国がございまして、はるか西のという国も、そのひとつにございました。盟約国と申しましても、じつのところは乾の属国のようなものでございます。その証拠に、当時の巴は乾に毎年多くの貢物みつぎものを送っておりました。


 わたくしがお仕えした貴人も、その貢物のひとつであったと申せましょう。


 こう天祥てんしょうという名のそのお方は、巴の王太子であらせられました。わずか八歳で乾に遊学……いえ、言葉を飾ってもせん無きこと。王太子殿下は、巴の人質として乾に遣わされたのです。


 乾王宮における殿下のお住まいは、西のはずれ、青華宮せいかきゅうという小さな離宮でございました。離宮とはいえ、一国の王太子のお住まいとはとても思えぬ小さな館でございます。そこに、殿下は十年もお暮らしになっておりました。


「もう故国で過ごした年月より長い」


 はじめてお会いしたとき、殿下は卓に向かって書きものをなさっておられましたが、つと筆をとめて窓の外を眺められました。遠くを見つめるその眼差しは、故郷をしのぶというより、流れた歳月の長さを冷ややかに計っているようでございました。


「ここにそなたの仕事はない」


 殿下はわたくしを見て静かに告げられました。そこでわたくしはようやく気がついたのです。


 殿下の、世にもまれな青い瞳に。


 

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