第113話『始業式 いつの間にかの覚悟』

高安女子高生物語・113最終回

『始業式 いつの間にかの覚悟』      





 アイドルと高校生の両立はむつかしい。


 そんなことは百も承知のつもりやった。



 バンジージャンプでは、高校生どころか、女であることも捨てた感じ。落ちる速度と谷からの上昇気流が作る合成風力で、うちの顔は、まるで崩れかけのプリン。ギャーと叫んだ口には遠慮なく空気が猛烈な勢いで入ってきて、顔全体をはためかす。中学のときに治した奥歯が銀色に輝き、喉ちんこが叫び声と風にはためいてるとこまで御開帳。鼻の穴も二倍に膨らんで見えるし、つぶった目ぇは押し上げられて、糸ぐらいの細さ。時間にして30秒もない映像を、さっそくYouTubeで流される。中には叫んで、一番不細工になった瞬間を50回もつないで流したヒマなやつもいてる。



 一応アイドルやさかい、親会社のユニオシ興行は削除依頼してくれるかと思たら、なんとユニオシ新喜劇の冒頭に大スクリーンに映し出してくださった!


 で、今日は一か月半ぶりの学校。


 予想通り、校内で顔合わす生徒のほとんどがうちの顔見ていきよる。中には遠慮なく吹き出す奴もおった。相手によって、アハハと笑うたり、恥ずかしげに俯いて見せたり。このへんの使い分けは、MNBの二か月ちょっとで覚えてしもた。


「あれ、美枝は来てへんのん?」



 空いてる席を見てゆかりに聞いた。

「うん、もうお腹が目立ってきたよってに……」

 MNBで明け暮れてた夏の間に、学校のみんなはいろいろあったみたい。そらそやろ。うちかて、こんなに変わってしもた。

 もういくつか空いてた席があったけど、体育館での始業式終わって戻ってみたら、全部の席が埋まってた。さすがにガンダムクラス。帳尻は合わせてる。でも、なんか違和感……席ごとおらんようになった奴がおった!


「新垣麻衣が、家庭事情でブラジルに帰った。話は、八月の頭には決まってたけど、みんなに気づかれるのは辛い言うて、君らには内緒やった……今頃飛行機に乗ってる時間やろ。朝はように学校の郵便受けに、こんなんが入ってた……」



 ガンダムは、一枚の色紙を黒板に掲げた。


――ありがとう――


 たった五文字の中に万感の思いが詰まってた。


 くだくだしいことはなんにも書いてない。うちやったら日本人の常套句「がんばって!」ぐらい書いたやろ。さよならだけどお別れじゃない……なんて言葉を書いたかもしれへん。鮮やかなお別れの言葉やった。



 ホームルームのあと、教室に残ってゆかりと夏の空を見てた。


 今までのうちらは、空気吸い込んだら、なんか言葉にせんともったいないいうくらいのおしゃべりやったけど、二人とも無言やった。



「サンバ……やるんやろ?」

「うん、みんなで決めたことやもん」



 言いだしべえの麻衣はおらへんけど、文化祭でやろ言うのはクラスみんなの決定や。それが筋やと思う。

 はっきりせん曇り空やったけど、西の方に微かに雲の切れ目。


 そこから夏らしい青空。


 雷さんがお腹を壊したような遠雷……夏の残りはまだまだの予感。


 予感は、すぐに現実になった。


 夜のステージが終わって家に帰ると関根先輩から手紙が来てた。


――メールではなくて、手紙にした、きちんと気持ちを伝えるために。僕は、MNBを何回か観に行った、握手会にも並んで。明日香は、ほんまにきらきらしてた。そう感じた。明日香は明日香の道を歩いていけよ。それが一番や。明日香のことは、明菜と応援してます。佐藤明日香様 関根学――


 涙がこぼれてきた……関根先輩はうちのこと思ててくれた。うちは握手会に来てくれてたことにも気ぃつけへんかった。先輩は悩みに悩んだに違いない。そんなことは、ちょっとも書いてないけど、短い文章の文字の間に痛いほど現れてる。人間の心は……言わへんとこ、書かへんとこによう現れる。麻衣も先輩も……。


 うちは返事を書こ思て止めた。決心した人には余計なことやと思たから。


「これで、ええねんな。正成のオッチャン……?」


 答えも気配もなかった……ふと、バンジージャンプのときのことが頭をよぎった。あのときに正成のオッチャンは抜けて行ってしもた。



 偶然やない、あれをきっかけに……うちにとってか、正成のオッチャンにとってかは分からへんけど、潮時やと思たんやろ。


 静かに思た。一人で頑張っていこ……ほっぺたの涙は、まだ乾かへんけど、心は潤ってる。いつの間にか覚悟ができてた……。


 高安女子高生物語 完 

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高安女子高生物語 武者走走九郎or大橋むつお @magaki018

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