第111話〔夏休み宿題幻想〕

高安女子高生物語・111

〔夏休み宿題幻想〕           





 夏休みの宿題は全部やったつもりやった。


 市川ディレクターも気ぃつこてくれてて、夏休み期間中2日は休みがとれるようにしてくれて、休憩時間なんかに、ちょっとでも宿題ができるように、自習用に会議室を解放してくれたり。うちはチームリーダーやし、休みがとられへん。休んでもチームのことが気になるよって。で、宿題は全部終わったつもりでいてた。


 ほんなら、数学のプリントに挟まって社会の宿題が挟まってるのに気ぃついた。


 で……慌てた。


 しゃあないよって、休みの日、収録先の放送局まで選抜メンバーについて行って、放送局の小会議室を借りて宿題にかかる。

「ゲ、なにこれ!?」

 うちは、宿題を読み違うてた。「戦争に関わる本を読んで感想を書け」やのうて「戦争体験者から聞き取りをして感想を書け」やった。

 戦争の本やったら山ほどあるし、これまで『蛍の墓』『レイテ戦記』『真空地帯』なんかは読んでた。せやけど戦争体験者いうのは、最低でも70代の後半……まして、ここは放送局。


 そんなん…………………………おった!


 地下駐車場のオッチャンは定年後の再任用で残ってて、見かけは70代後半や!


「残念だけど、わし終戦の年は、まだ二歳だったからな……そうだ、資料室に戦時中の記録が一杯あるよ。それ見て適当に聞いたように書けばいさ。電話しといてあげるよ」

 というわけで、資料室のお世話に……。

 室井さんいう定年前のオッチャンがいてて、モニターに何本か、候補を上げて待っててくれてはった。

「これなんか、ええと思うで。『撃墜された米兵と女学生』ちょうど明日香ちゃんの高安あたりの話や」


 モニターにお婆さんが映った……と思たら、グッと画面に吸い寄せられて、意識が飛んだ。


 気ぃついたら、信貴山の山の中。うちは夏のセーラー服にモンペ。山の中で松根油をとってる八尾中学の生徒にお弁当を持っていく途中で、道にはぐれた。

 八尾の飛行場が爆撃されてる。それが、よう見えるんで、見てるうちにはぐれたみたい。飛行場はボコボコにやられてたけど、低空飛行で機銃掃射してた米軍機が、対空機銃に当たって黒煙。と思たら……こっちに向うて落ちてきよった!


 ……操縦士は生きてた。


 飛行機は雑木林に突っ込んで壊れたけど、燃料に火ぃが点いて爆発する前に、操縦士は逃げ出してた。



 燃え盛る飛行機見てたら、後ろで気配。振り返ったら褐色の髪の毛した操縦士がピストル構えて、うちを睨んでた。

 うちの、お父ちゃんは海運会社の船長で、戦争前は外人のお客さんなんかも来てたんで、ちょっとは英語が喋れる。

『そんなとこに居たらすぐ人に見つかる。わたしといっしょに来て』

 最初は、うちにも分からんくらい早口の英語でまくしたててたけど、かなたで人の気配がすると震えだした。

『日本人、オレを殺しにくる!』

『落ち着いて。その落下傘貸して!』

 うちは、落下傘を山の下の方に投げた。

『いっしょに来て! 来てったら!』


 うちは、操縦士を千塚古墳群の方に誘導して、あんまり人が来えへん横穴の古墳に連れて行った。操縦士は肋骨を折ってるみたいで痛そうやった。



『憲兵に引き渡すのか?』

『分からない。とにかく、今はみんな気が立ってるから出ないほうがいい』

『そ、そうか……』

『あなたも気が立っている。そのピストル下ろしてもらえない』

 操縦士は、うちを見つめたままピストルを下ろしたけど、引き金には指かけたままやった。正直怖い。

『どうして助けた?』

『……人がなぶり殺しになるの見たくないから。あのままじゃ、日本人が何人か撃ち殺されたあと、あなたは竹槍でめった刺しにされる』

『……だろうな』

『でも、なんで、あんな無茶な低空飛行やったの。あれじゃ、子どものパチンコだって当たるわよ』

『オレは勇敢な男なんだ!』

『……そうなんだ。あたしマリ。あなたは?』

『コワルスキー』

『ああ、ポーランド系なのね。勇敢なとこ見せたかったんだ……』



 一瞬コワルスキーの目が悲しそうになった。ポーランド系アメリカ人は、アメリカでは低く見られてる。これもお父ちゃんの仕事から得た知識。うちは大阪の兵隊が、日本で一番弱いと言われてることを話した「またも負けたか八連隊。それでは勲章九連隊」これは訳して理解してもらうのに三日かかった。分かった三日目にはコワルスキーは大笑いした。



『日本人にもジョ-クがあるんだな……で、日本の中でも差別があるんだ』

『ポーランド系よりはまし。占領したあとの軍政なんかは、大阪が一番』

『ポーランド系も、コツコツやらせりゃ、アメリカ一番だ!』

『で、コワルスキーはガラにもなく突っ込んできたりするから』

『もう言うなよ、マリー』



 そうやって、ちょっとずつ気持ちが通い始め、二週間後に終戦になった。それからは立場が逆転して、コワルスキーは、よく面倒を見てくれたし、何より日本人への偏見が無くなったのが嬉しかった。


 気ぃついたら、モニターはエンドマークになって、うちはマリから明日香に戻ってた。


 このリアルな追体験は、多分正成のオッサンのせい。このオッサンのことは前にも言うたけど、いずれ改めて言うことになると思います。

 で、放送局のやることに無駄はのうて、この様子は隠し撮りされて、後日バラエティーで流されてしもた(^_^;)。

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